1948年、米空軍は“空飛ぶ円盤”をどう評価していたのか──オランダ沖の未確認航空機と欧州UFO報告

事件発生日:1948年11月8日

主な目撃日:1948年9月5日

文書日付:1948年11月4日 / 1948年11月8日

公開日:2026年5月8日

発生場所:オランダ西方沖、および欧州関連地域

公開元:戦争省

文書の種類:PDF

アセットファイル名:341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399

出典:U.S. Department of War「341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399」 / 341_110448_records_relating_to_the_collection_and_dissemination_of_intelligence_1948-1955-ts_cont_no.2_2-5300-2-5399.pdf

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2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、1948年の米空軍情報報告書を公開した。

今回の資料は「341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399」。長いファイル名だが、内容としては1948年11月付けの、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する空軍情報文書である。

PDFは7ページ構成で、表紙には「TOP SECRET(※最高機密)」の表示がある。

文書の中には、オランダ西方沖で目撃された未確認航空機、欧州で続く空飛ぶ円盤報告、スウェーデン空軍情報部の見解、そしてソ連製レーダー装置に関する情報まで含まれている。

つまりこれは、単なるUFO目撃談ではない。

1948年の米空軍が、欧州で報告される未確認飛行物体を、安全保障・技術・情報収集の問題としてどう扱っていたのかを示す資料である。

1948年、空飛ぶ円盤はまだ“情報案件”だった

PDFの冒頭には、米空軍情報部門の表紙があり、「TOP SECRET」「Security Information」と記されている。

書類は、米空軍本部のDirectorate of Intelligence(※情報局)に関係するファイルとして扱われている。

2ページ目のカバーシートには、1948年11月8日の日付があり、分類は「TOP SECRET」。

要約欄には、「Extracts from TT #1524」、つまりTT 1524からの抜粋であること、そして空軍・欧州関連の情報として配布されたことが読み取れる。

この時点で、空飛ぶ円盤や未確認航空機の報告は、単なる新聞記事や民間の噂ではなく、軍の情報資料として整理されていた。

欧州軍司令部の特殊情報組織から届いた報告

3ページ目には、1948年11月4日付の文書がある。

宛先はGen Cabell。文書には、欧州軍司令部の特殊情報組織が作成した報告一式を入手し、確認と最終処理のために転送すると記されている。

報告書を精査することは、その組織に空軍予算を割り当てる議論に重みを与えるだろう、という趣旨の記述もある。

ただし、注意書きも添えられている。

これらの報告の多くは「受け取ったまま転送されたもの」であるため、利用には注意するように、というのである。

ここが非常にリアルだ。

米空軍は未確認飛行物体の報告に関心を持っていた。

だが同時に、それらの情報の信頼性を無条件に受け入れていたわけではない。

報告を集める。転送する。精査する。だが注意して使う。

この温度感が、1948年の空軍情報文書にはっきり出ている。

オランダ西方沖で目撃された未確認航空機

4ページ目には、今回の資料の中でもっとも具体的な目撃報告が記録されている。

報告は、307th Bomb Group(※第307爆撃群)から来たものとされている。

彼らは「Operation Dagger(※ダガー作戦)」に参加していた。

未確認航空機は、1948年9月5日14時02分、オランダ西方沖で、第307爆撃群の3人の搭乗員によって目撃された。

位置は「5155N/0355E」と記録されている。

すべての航空機の高度は3万フィートだった。

最初に目撃されたとき、その未確認航空機は通常のジェット速度で巡航しており、方位120度へ向かっていた。

煙と飛行機雲、突然の加速、そして上昇

目撃後まもなく、その未確認航空機は煙の跡と凝結跡を残し始めた。

さらに、突然加速し、その後上昇したと記録されている。

観測者たちは概ね、それが単一のジェット推進航空機であり、おそらくロケット補助を使っていたのではないかと考えた。

文書には、その機体は1947年型の通常ジェット機の巡航速度を超える「大きな余剰出力」を持っていたように見えた、という趣旨の記述がある。

つまり、これは「円盤型の謎の物体」というより、性能が異常に高く見える未確認航空機として記録されている。

識別可能な距離には入らなかった。

その針路からも目的は分からなかった。

報告の評価は「B-2」とされている。

この評価記号の詳細は本文だけでは断定できないが、少なくとも報告として分類・評価されたことは分かる。

欧州で続く“空飛ぶ円盤”報告

5ページ目には、より広い文脈での「flying saucers(※空飛ぶ円盤)」報告が記されている。

文書は、しばらくの間、空飛ぶ円盤に関する繰り返しの報告に懸念を抱いていたと述べている。

それらの報告は周期的に現れ続けていた。

直近の週には、ノイビーベルク空軍基地上空で1件が観測され、約30分間旋回していたという。

報告は多くの情報源から、さまざまな場所から寄せられており、無視することはできず、何らかの説明を必要とすると文書は述べている。

ただし、その説明は、当時の情報思考の範囲を少し超えているかもしれない、とも書かれている。

この一文はかなり印象的だ。

空飛ぶ円盤報告は多すぎる。

無視はできない。

しかし、どう説明すればいいのか分からない。

1948年の米空軍情報部門は、まさにその地点にいた。

スウェーデン空軍情報部の見解

同じページでは、米側の情報担当者がスウェーデン空軍情報部を訪問した際、この問題をスウェーデン側に尋ねたことも記録されている。

スウェーデン側の回答は驚くほど踏み込んでいる。

彼らは、信頼でき、技術的に十分な資格を持つ人々が、これらの現象は地球上の既知の文化には帰することのできない高度な技術の結果である、という結論に達していると述べた。

つまり、スウェーデン側は、これらの物体が未知または未確認の技術、おそらく地球外に由来する可能性まで想定していた。

文書は、「previously unknown or unidentified technology, possibly outside the earth」、つまり「これまで知られていない、または未確認の技術であり、地球外の可能性もある」といった趣旨を記している。

もちろん、これは米空軍がその見解を認定したという意味ではない。

だが、スウェーデン情報当局の見解として、非常に重要な記述である。

湖に落ちた物体と、未記載のクレーター

5ページ目には、さらに奇妙な話が続く。

スウェーデンの技術専門家が、自宅近くの湖のほとりで、ある物体を観測したという。

その物体は湖に墜落、または着水したとされる。

観測者は、物体が自分の位置から見てどの方角にあったかを注意深く記録していた。

スウェーデン情報部はその観測に十分な信頼を置き、海軍の引き揚げチームを湖に派遣した。

米空軍側の訪問中にも作業は進行中だった。

潜水夫たちは、湖底に、これまで図示されていなかったクレーターを発見した。

それ以上の情報はまだなかったが、結果を知らせると約束されていた。

スウェーデン側は、その観測が信頼できるものであり、現在の水路図に載っていない湖底のくぼみは、実際に空飛ぶ円盤によって作られたものだと考えている、と記録されている。

これはかなり強い記述である。

文書を書いた側も、この理論を受け入れるには新しい疑問が大量に生じると認めている。

それでも、完全に否定はせず、ひとまず心を開いておくべきだ、と書いている。

ソ連製レーダーと高高度飛行

6ページ目には、ソ連製レーダー装置に関する情報が記録されている。

ある人物は、Kholomla飛行場の近くに、ソ連製のレーダー装置があることを知っていた。

それは「Redut」と呼ばれるタイプであるとされる。

文書によれば、その人物はこの装置の運用に訓練されていた可能性があるが、確実ではない。

彼は1948年10月に演習でこの装置を使い、距離150キロメートル、高度12,000メートル付近で対象を捕捉したと述べている。

訓練後に3,000メートルまで上昇し、再び装置で捕捉されたという。

ただし、最大射程は150キロメートルと考えており、それ以上の距離での訓練飛行は行われていなかったためだと説明している。

この部分は直接UFO目撃ではない。

しかし、未確認飛行物体をめぐる1948年の情報文書の中に、ソ連製レーダー、飛行場、訓練、航空機運用に関する情報が一緒に含まれていることが重要である。

UFO問題は、最初から冷戦の情報戦と隣り合わせだった。

ロシア側がレーダー管を大量購入しようとしていた

7ページ目には、別の短い情報項目がある。

CIC(※対諜報部隊)情報源によれば、ロシア側は外国にあるCSRミッションに対し、費用に関係なく大量のレーダー管を購入するよう命じていたという。

さらに、完全なレーダー装置も購入するよう指示されていた。

評価は「C-3」と記されている。

これも一見するとUFOから離れた情報に見える。

しかし、未確認航空機、空飛ぶ円盤、スウェーデンの湖の物体、ソ連レーダー、レーダー部品調達が同じ情報報告の中に並んでいること自体が、1948年の空気をよく表している。

空にある正体不明のものは、自然現象かもしれない。

新型航空機かもしれない。

外国の秘密技術かもしれない。

そして、その判断にはレーダーや航空情報、軍事情報が不可欠だった。

1948年の米空軍は何を恐れていたのか

この資料を読むと、米空軍が恐れていたのは「宇宙人」そのものではなかったように見える。

むしろ、もっと現実的な不安がある。

正体不明の航空機がいる。

通常のジェット機より高性能に見える。

欧州各地で空飛ぶ円盤の報告が続いている。

スウェーデン情報部は、それを未知の高度技術かもしれないと考えている。

ソ連はレーダー技術やレーダー部品に関心を示している。

そして冷戦はすでに始まっている。

この状況で、未確認飛行物体は単なる怪談では済まない。

それが敵国の技術なら、安全保障上の重大問題である。

それが未知の技術なら、さらに大きな問題である。

それが誤認や自然現象であっても、報告が多発するなら、情報機関はそれを整理しなければならない。

“空飛ぶ円盤”は、冷戦初期の情報戦の中にあった

この文書は、UFOの正体を明かすものではない。

オランダ沖の未確認航空機が何だったのか、スウェーデンの湖に何が落ちたのか、ノイビーベルク上空の空飛ぶ円盤が何だったのか、最終的な答えは示されていない。

だが、非常に重要なことを示している。

1948年の米空軍は、空飛ぶ円盤や未確認航空機の報告を、情報収集・技術評価・冷戦安全保障の文脈で扱っていた。

それは、笑い話ではなかった。

各国の空軍情報部、欧州軍司令部、レーダー、ソ連、未知の航空技術。

そうした要素の中に、UFO報告は置かれていた。

現代のUAP問題を考えるとき、この文書はかなり示唆的である。

UAPとは、単に「空に変なものが見えた」という話ではない。

それは、観測、識別、軍事技術、情報共有、そして国家安全保障の問題として扱われる。

1948年のこの報告書は、その構図がすでに戦後まもない時期に存在していたことを示している。


全文翻訳

出典元ページの説明

1948年11月付けの、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する空軍情報報告書。

アセットファイル名:341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399

公開日:2026年5月8日

機関:戦争省

事件発生日:1948年11月8日

事件発生場所:オランダ

文書の種類:PDF

PDF内容の翻訳・要約

注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

ページ1:最高機密ファイル表紙

分類:TOP SECRET(※最高機密) / Security Information(※安全保障情報)

宛先:Directorate of Intelligence, Headquarters, U.S. Air Force, Washington 25, D.C.(※米空軍本部 情報局)

すべての文書は、最高機密管理番号に従って番号順に保管されている。

ページ2:カバーシート

日付:1948年11月8日

分類:TOP SECRET(※最高機密)

差出:AFOIR-CO

要約:TT #1524からの抜粋。D/I、HQ USAFからA-2、USAFEへ。

備考欄には、情報用として提出されたこと、各項目が関係部門に配布されたことが記されている。

ページ3:欧州軍司令部の特殊情報組織に関する報告

日付:1948年11月4日

宛先:Gen Cabell

分類:SECRET(※秘密)

欧州軍司令部の特殊情報組織が設立以来作成してきたすべての報告一式を入手した。

これらの報告を確認と最終処理のために転送する。

これらの報告を精査することは、この組織に空軍予算を割り当てる議論に重みを与えるだろう。

ただし、これらの報告の多くは受け取ったまま転送されたものであるため、利用には注意すること。

ページ4:オランダ西方沖の未確認航空機目撃

日付:1948年11月4日

分類:CONFIDENTIAL(※機密)

差出:OI OB

以下の未確認航空機目撃報告は、Operation Dagger(※ダガー作戦)に参加していた307th Bomb Group(※第307爆撃群)から来たものである。

未確認航空機は、1948年9月5日14時02分、オランダ西方沖、位置5155N/0355Eで、第307爆撃群の3つの搭乗員によって目撃された。

すべての航空機の高度は3万フィートだった。

最初に目撃されたとき、未確認航空機は通常のジェット速度で巡航しており、方位120度へ向かっていた。

最初に目撃された直後、その航空機は煙の跡と凝結跡を残し始め、突然加速し、その後上昇した。

観測者たちは概ね、それが単一のジェット推進航空機であり、おそらくロケット補助を使用していたと考えた。

その機体には、1947年型の通常ジェット機の巡航速度を超える、非常に大きな余剰出力があるように見えた。

識別可能な範囲には入らなかった。

その針路から目的は分からなかった。

この報告に対する評価はB-2である。

ページ5:欧州で続く空飛ぶ円盤報告とスウェーデン側の見解

日付:1948年11月4日

分類:TOP SECRET(※最高機密)

差出:OI OB

しばらくの間、われわれは空飛ぶ円盤に関する繰り返しの報告に懸念を抱いてきた。

それらの報告は周期的に現れ続けている。

先週には、ノイビーベルク空軍基地上空で1件が観測され、約30分間旋回していた。

報告は非常に多くの情報源から、非常に多様な場所から寄せられており、無視することはできず、何らかの根拠に基づく説明が必要である。

ただし、その説明は、現在のわれわれの情報思考の範囲をやや超えているかもしれない。

この情報局の士官たちが最近スウェーデン空軍情報部を訪問した際、この問題をスウェーデン側に尋ねた。

スウェーデン側の回答は、信頼でき、技術的に十分な資格を持つ人々が、これらの現象は明らかに高度な技術の結果であり、地球上の既知の文化に帰することはできないという結論に達している、というものだった。

したがって彼らは、これらの物体が、これまで知られていない、または未確認の技術、場合によっては地球外に由来する可能性があると考えている。

これらの物体のひとつは、スウェーデンの技術専門家によって、自宅近くの湖のほとりで観測された。

その物体は湖に墜落、または着水したとされ、観測者は自分の観測地点から見た方位を注意深く記録していた。

スウェーデン情報部はその観測に十分な信頼を置き、海軍の引き揚げチームを湖に派遣した。

米空軍士官の訪問中も作業は進行中だった。

潜水夫たちは、湖底に、これまで図示されていなかったクレーターを発見した。

それ以上の情報はまだないが、結果について知らせると約束されている。

彼らの見解では、観測は信頼できるものであり、現在の水路図に載っていない湖底のくぼみは、実際に空飛ぶ円盤によって作られたものである。

この物体の起源に関するこの理論を受け入れることは、まったく新しい疑問群を生じさせ、われわれの考え方の多くを変えることになる。

それでも、われわれはこのいささか壮大な理論を完全には否定せず、当面はこの問題について心を開いておくつもりである。

ページ6:ソ連製レーダー装置と飛行場情報

分類:TOP SECRET(※最高機密)

情報源は、Kholomla飛行場近く、町から北西約5キロメートルにあるソ連製レーダー装置について知っている。

この装置は「Redut」と呼ばれるタイプである。

情報源は、この装置を運用するよう割り当てられた人員を知っていると考えているが、確実ではない。

彼の連隊は、1947年春にKholomlaに最初に到着して以来、この装置を操作する訓練飛行を行っていた。

彼の航空機は1948年10月に演習中、距離150キロメートル、高度12,000メートルでこの装置に捕捉された。

指示に従い、彼は3,000メートルまで上昇し、再び装置に捕捉された。

彼は、この装置はPVO(※防空軍)全体で使用されており、最大射程は150キロメートルだと考えている。

なぜなら、それ以上の距離での訓練飛行は行われたことがなかったからである。

さらに、TU-2の機体後部に設置されたIFF(※敵味方識別装置)に関する記述がある。

この装備は1947年に彼の連隊の全機体に再搭載されたが、数日の試験の後に取り外された。

結果は満足できるものだったと理解されている。

Kholomla飛行場については、現在は滑走路らしき平地にすぎず、600メートル×1400メートルの舗装滑走路が飛行場北側境界の外に建設中であるとされる。

飛行場には現在設備がなく、航空機は露天に駐機され、燃料はKholomlaの町からタンク車で運ばれている。

TU-2は、3名の乗員だけで到着し、通常の背部銃塔機銃手の席には誰もいなかった。

情報源は、TU-2がモスクワの工場で製造されたと考えており、機体の銘板には第19工場で製造されたと記されていた。

さらに詳細な報告は、操縦士と航法士への尋問に基づいて作成中であり、今後1〜2週間でさらに多くの詳細が得られる見込みである。

ページ7:ロシア側によるレーダー機材調達

日付:1948年11月4日

分類:SECRET(※秘密)

CIC(※対諜報部隊)情報源は、ロシア側が外国にあるCSRミッションに対し、費用に関係なく大量のレーダー管を購入するよう命じたと報告している。

ミッションはまた、完全なレーダー装置を購入するよう指示されていた。

評価はC-3である。

出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「341_110448_records_relating_to_the_collection_and_dissemination_of_intelligence_1948-1955-ts_cont_no.2_2-5300-2-5399.pdf」

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