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  • 1948年、空に現れた“火球”はUFOだったのか──米軍の未確認飛行物体チェックリストが残した事件記録

    1948年、空に現れた“火球”はUFOだったのか──米軍の未確認飛行物体チェックリストが残した事件記録

    事件発生日:該当なし

    主な収録事件:1948年2月18日、1948年5月7日など

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:カンザス州、ユタ州、テネシー州など

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:38_143685_box_Incident_Summaries_101-172

    出典:U.S. Department of War「38_143685_box_Incident_Summaries_101-172」 / 38_143685_box7_incident_summaries_101-172.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、未確認飛行物体に関する事件概要資料を公開した。

    今回の資料は「38_143685_box_Incident_Summaries_101-172」。日本語でいえば、「事件概要101番から172番」といった位置づけのファイルである。

    このPDFには、それぞれの事件について「未確認飛行物体チェックリスト」が含まれている。

    日付、時刻、場所、目撃者、物体の数、方角、速度、高度、音、色、形、航跡、天候、消失の仕方などを記録する形式だ。

    つまりこれは、単なる怪談集ではない。

    米軍が、目撃された奇妙な空中現象を、できるだけ項目ごとに整理しようとしていた記録である。

    1948年2月18日、カンザス州ノーケイター上空の爆発

    PDFの序盤に登場するのが、Incident 101である。

    日付は1948年2月18日。時刻は午後5時01分。場所はカンザス州ノーケイター。

    この事件は、M・R・Hapbellという人物の新聞記事由来の証言として記録されている。

    観測時間は記録上は不明だが、物体はひとつ。

    高度は地上30〜35マイル、つまり約48〜56キロメートルほどとされている。

    音については、「その後、爆発音が1回。少し後に小さな爆発が多く聞こえた」と記録されている。

    色は青白い煙を伴うオレンジ。

    形状は「きのこ雲」と書かれている。

    見かけ上の構造は「隕石」と判断されている。

    つまり、この事件は現在の感覚でいえば、UFOというよりも隕石、火球、あるいは空中爆発に近い事例として扱われている。

    空に残った“蒸気の軌跡”

    Incident 101のチェックリストには、証拠として「爆発によって空に残された蒸気の軌跡の写真」が挙げられている。

    写真を撮影したのは、カンザス州ノートン在住のアマチュア写真家Duane Wrayとされている。

    資料によれば、写真はノートンの北9マイルの自宅で撮影された。

    ノートンはノーケイターの東約40マイルにあり、撮影時刻は爆発から約1時間後、午後6時15分ごろだったとされている。

    この写真について、資料は「青白い煙の軌跡が東から西へ弧を描いている」と説明している。

    空に残った煙の軌跡。

    爆発音。

    小さな破裂音。

    そして複数の地域から寄せられた目撃談。

    1948年当時、こうした現象が「未確認飛行物体」の事件概要として整理されていたことが分かる。

    “月から来た宇宙船”という大胆な仮説

    このファイルで特に面白いのは、事件そのものだけではない。

    PDFの中盤には、Norman Garrett Markhamという人物による長い書簡が収録されている。

    彼は、1948年2月18日のノーケイター上空爆発について、単なる隕石ではなく、月との関係を考えていた。

    彼の仮説はかなり大胆である。

    ノーケイター上空で爆発した物体は、月から飛来したロケット、あるいは宇宙船のようなものだったのではないか。

    しかも彼は、物体が月から来て、地球上で爆発し、あるいは月との往復に関連していた可能性まで考えている。

    資料中では、月の位置、爆発地点、他地域での火球目撃、過去の空中現象を結びつけようとする推論が展開されている。

    現代の目で見ると、かなり飛躍した仮説である。

    しかし、これもまた当時のUFO問題を理解するうえで重要だ。

    1940年代後半、人々は空に現れる異常な光を、隕石、火球、ロケット、月、金星、宇宙船、あるいは未知の航空機と結びつけながら理解しようとしていた。

    “科学は本気で考えていない”という苛立ち

    Markhamの書簡には、もうひとつ興味深い点がある。

    彼は、「空飛ぶ円盤」について、既存の科学が十分に真剣に考えていないと感じていたように読める。

    彼は、過去の現象や天体位置、目撃報告を照合し、もし軍が実験や調査を行っているなら、こうした記録を集めるべきだと主張している。

    彼の見方が正しかったかどうかは別問題である。

    しかし、ここには現在のUAP議論にも通じる構図がある。

    目撃者や研究者は「何かがある」と感じる。

    公式機関は、それを分類し、確認し、時に自然現象として扱う。

    その間に、推測、仮説、疑念、そして不信が生まれる。

    このファイルには、その初期の空気が残されている。

    ユタ州グリーンリバー付近でB-29搭乗員が見た火球

    PDF後半には、Incident 102およびIncident 103として、ユタ州グリーンリバー付近での目撃が記録されている。

    日付は1948年2月18日。時刻は1500 MST、つまり山岳部標準時の午後3時ごろ。

    場所は、ユタ州グリーンリバー飛行場付近。

    目撃者は、B-29に搭乗していた第28爆撃群の搭乗員たちである。

    観測地点は、39度北、100度西付近。高度は20,000フィート。

    物体は約100マイル離れていたとされている。

    記録では、物体は「多色の火の玉」と表現されている。

    形状は、火の玉に続く濃い雲または煙。

    航跡は「火の玉を先頭にした蒸気の軌跡」と記録されている。

    天候は晴れ。

    この事件も、Incident 101、つまりノーケイター事件と関連づけられている。

    時速1500マイル以上に見えた火球

    Incident 102の補足説明では、この多色の火球が、高密度の煙の雲を引きながら進んでいたとされている。

    目撃者たちは、それをユタ州グリーンリバー付近、約100マイル先で見た。

    物体は東へ向かっていたとされる。

    速度は時速1500マイル以上と推定された。

    この速度感は、通常の航空機というよりも、隕石や火球を連想させる。

    一方で、当時のチェックリストでは、それでも「未確認飛行物体」として整理されている。

    重要なのは、資料が必ずしもすべてを“宇宙船”として扱っているわけではないことだ。

    むしろ、目撃された奇妙な現象を、軍が一定のフォーマットで記録し、比較できるようにしていた点が重要である。

    1948年5月7日、テネシー州スマーナ空軍基地の黄色オレンジ色の楕円

    PDF末尾には、Incident 104として、1948年5月7日のテネシー州スマーナ空軍基地付近の目撃が記録されている。

    時刻は20時55分。

    場所はテネシー州スマーナ。観測地点はスマーナ空軍基地から地上約6マイルとされている。

    目撃者は、フランク・L・ペン曹長、W・M・ペトラヴィッチ少佐、そしてスマーナ空軍基地の無線・管制塔要員たち。

    物体の数は1つ。

    距離は約6マイル。

    目撃時間は45分。

    高度は地平線から約5度。

    速度は「非常に遅い」と記録されている。

    色は黄色オレンジ。

    形は楕円。

    天候は地上視程10マイル。

    スケッチや写真として「黄色オレンジ色の炎のような楕円」を示す図が2つあったと記録されている。

    消え方は「地平線へ薄れていった」とされている。

    火球、隕石、月、金星、そしてUFO

    このPDFに収録された事件を見ると、1948年当時の「未確認飛行物体」という言葉の広さがよく分かる。

    そこには、円盤型の機体だけが含まれていたわけではない。

    火球。

    隕石。

    空中爆発。

    月との関係を疑う仮説。

    金星との合、月の軌道、ロケット、宇宙船。

    軍用機の搭乗員が見た煙を引く火の玉。

    空軍基地付近で45分間見えた黄色オレンジ色の楕円。

    これらがすべて、当時の「未確認飛行物体」問題の中に入っていた。

    つまり、UFOとは最初から、ひとつの決まった形を持つものではなかった。

    それは、空で説明しにくい現象全般を集め、分類し、解釈しようとする枠組みだった。

    チェックリストが示す“軍の見方”

    この資料で特に重要なのは、チェックリスト形式である。

    日付、時刻、場所、目撃者、物体数、方角、高度、速度、音、色、形、航跡、天候、雲への影響、写真の有無、消失方法。

    これらは、現在のUAP調査にも通じる基本項目である。

    空で何かが見えた。

    では、それはいつか。

    どこか。

    誰が見たのか。

    どの方向へ動いたのか。

    音はあったのか。

    色や形はどうだったのか。

    天候はどうだったのか。

    写真はあるのか。

    消え方はどうだったのか。

    こうした情報がなければ、目撃談はただの印象で終わってしまう。

    1948年の米軍は、少なくともその整理の必要性を理解していた。

    この資料が示しているもの

    この資料は、宇宙人の存在を証明するものではない。

    また、収録された事件のすべてが本当に未知の航空機だったと示すものでもない。

    むしろ、多くは隕石、火球、天体現象、誤認、あるいは未確認の自然現象として説明できる可能性がある。

    しかし、このファイルは別の意味で重要だ。

    1948年の時点で、米軍は未確認飛行物体を体系的に記録しようとしていた。

    そして、その中には軍の搭乗員による目撃も、市民証言も、新聞由来の情報も、研究者による仮説も含まれていた。

    UFO問題は、最初から混沌としていた。

    だが、その混沌を整理しようとするフォーマットも、すでに存在していた。

    この「事件概要」ファイルは、その初期の試みを示す資料である。

    火球をUFOとして記録した時代

    現代では、UFOやUAPという言葉は、しばしば「異星人の乗り物」と結びつけられる。

    しかし、この1948年の資料を見ると、当時の未確認飛行物体の範囲はもっと広かった。

    火球も、隕石も、謎の爆発も、空に残る煙の軌跡も、軍の搭乗員が見た高速の光も、空軍基地付近の黄色い楕円も、すべて記録対象だった。

    そこにあったのは、答えではない。

    見えたものを記録し、項目に分け、比較し、説明を探すという作業だった。

    この資料は、UFO史の派手な部分ではなく、その裏側にある地道な記録作業を見せてくれる。

    空に現れた火球は、ただの隕石だったのか。

    それとも、人々がまだ理解できていなかった何かだったのか。

    1948年のチェックリストは、答えを出すのではなく、その問いを一枚ずつ保管している。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    これらの事件概要にはそれぞれ、「未確認飛行物体チェックリスト」が含まれており、事件の詳細が記載されている。

    また、多くの概要には目撃者リストや証言、その他の記述的な報告書や説明も含まれている。

    アセットファイル名:38_143685_box_Incident_Summaries_101-172

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:該当なし

    事件発生場所:該当なし

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1〜2:ファイル表紙

    事件概要ファイルの表紙。

    表紙には機密解除済みの印と、旧分類表示が確認できる。

    ファイルは事件概要101番以降を含む資料として扱われている。

    ページ3〜4:Incident 101 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:101

    日付:1948年2月18日

    時刻:午後5時01分

    場所:カンザス州ノーケイター

    目撃者:M・R・Hapbellの証言、新聞記事由来

    観測場所:カンザス州ノーケイター

    物体の数:1

    高度:地上30〜35マイル

    音:爆発音が1回。その後、少し遅れて小さな爆発音が多数

    色:青白い煙を伴うオレンジ

    形状:きのこ雲

    見かけ上の構造:隕石

    証拠:爆発によって空に残された蒸気の軌跡の写真

    備考欄では、1948年2月18日の火球はカンザス州北部だけでなく、より広い地域で観測されたと説明されている。

    特に、アイオワ州の池に赤熱した約109ポンドの物体が落ちたという報告、2月12日に類似の現象があったという記述、ノートン在住のアマチュア写真家Duane Wrayが蒸気の軌跡を撮影したことなどが記録されている。

    その写真は、ノートンの北9マイルにある自宅で、爆発から約1時間後の午後6時15分ごろ撮影されたとされる。

    ページ5:証言 Exhibit B

    Leland Sammonsの証言。

    Sammonsは、ストックトンの西14マイルの農場に住んでいた。

    彼は1948年2月18日午後5時ごろ、自宅の窓から、キジが騒ぐような音や鶏の反応を聞いたと述べている。

    その後、外の地面の方向へ向かう炎のようなもの、あるいは空中の現象に気づいた。

    証言には、火の玉、煙、雲、轟音のような描写が含まれている。

    また、別の証言者Kenneth HaysやRalph Newの証言も記録されており、爆発音、煙雲、空に残る現象について述べられている。

    ページ6〜8:Norman Garrett Markhamから米陸軍参謀総長宛ての書簡

    日付:1948年2月20日

    差出人:Norman Garrett Markham

    宛先:米陸軍参謀総長室

    件名:1948年2月18日午後5時20分ごろ、カンザス州ノーケイター上空で発生した爆発

    この書簡では、ノーケイター上空の爆発が、隕石ではなく、月、ロケット、宇宙船のようなものと関係している可能性があるという仮説が述べられている。

    Markhamは、月の位置、現象の方向、過去の報告、火球や隕石の説明との違いを検討し、軍がこうした報告を収集・同化するべきだと提案している。

    彼は、地球に接近する物体が、月または他の天体と関係している可能性にも触れている。

    また、過去の「空飛ぶ円盤」報告や、火の玉のような現象との関連も考察している。

    書簡の末尾では、可能性は遠いとしても、月が人類以外の存在に直接関係している可能性にまで言及している。

    ページ9〜12:Markhamによる追加報告

    日付:1948年3月11日

    差出人:Norman G. Markham

    宛先:米陸軍通信士官長

    件名:UFO

    この報告は、ノーケイター上空爆発と他の事例との比較を目的としている。

    Markhamは、1948年2月18日のノーケイター事件、1947年7月4日のボイシ事件、1947年7月9日のモンタナ州での事例などを取り上げている。

    彼は、これらの現象の位置や日時、月との関係、金星との関係、ロケット型の航空機の可能性などを検討している。

    また、未確認の航空現象や空飛ぶ円盤について、軍や科学者が十分に検討していないのではないかという問題意識を示している。

    彼は、もし軍事実験やロケット実験が存在するなら、こうした記録との照合が必要だと考えていた。

    ページ13〜14:Dr. Lincoln LaPazからの書簡抜粋

    日付:1948年4月11日

    差出人:Dr. Lincoln LaPaz, Institute of Meteoritics, University of New Mexico

    この書簡では、Markhamの仮説に対して、隕石学者の立場から慎重な見解が述べられている。

    LaPazは、Markhamの文書について、事実が誤っている箇所や、天文学的・隕石学的に疑問のある点を指摘している。

    一方で、ノーケイター事件については、複数の証言があること、物体が地上近くまで降下したように見えること、通常の隕石説明だけでは処理しにくい点があることにも触れている。

    また、証言の信頼性確認や、物体の軌道・性質についてさらに調べる必要があるという趣旨が読み取れる。

    ページ15〜16:Exhibit A カンザス州ノーケイターでの証言

    場所:カンザス州ノーケイター

    日付:1948年2月18日夜

    Roy W. Coxによるノーケイターでの聞き取りメモ。

    Ralph Newは、午後4時50分ごろ、ノーケイターの郵便局付近にいて、突然、非常に明るい光で町全体が照らされたと述べている。

    彼は外に出ると、北東の空に非常に大きな光を見た。

    その光は燃えているようにも、灰色の雲を作っているようにも見えた。

    別の証言者は、大きな爆発音の前に飛行機のような音を聞いたと述べている。

    Chief Scottは、爆発後に何かが街路に落ちたという話を聞いたが、それは燃えた懐中電灯の電池だった可能性があると記録されている。

    Kenneth Haysは、西の空で回転するようなものを見たと述べ、その後、地平線近くで消えていく煙雲を見たと証言している。

    Roger Youngは、空に高く明るい光を見た後、黄色い煙雲を観測したと述べている。

    ページ17〜18:Incident 102 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:102

    日付:1948年2月18日

    時刻:1500 MST

    場所:ユタ州グリーンリバー飛行場付近

    目撃者:第28爆撃群のB-29搭乗員

    観測地点:39度北、100度西付近、ユタ州グリーンリバー付近

    物体の数:1

    距離:約100マイル

    高度:20,000フィート

    速度:非常に高速

    進行方向:コロラド州ライモン南東方向

    音:B-29のエンジン音のため判定不能

    大きさ:巨大

    色:多色の火の玉

    形状:多色の火球と濃い雲または煙

    航跡:火の玉を先頭にした蒸気の軌跡

    天候:晴れ

    補足説明では、巨大な多色の火球が濃い煙雲を引きながら飛行していたと記録されている。

    目撃者はB-29の搭乗員であり、物体は東へ向かって進み、速度は時速1500マイル以上と推定された。

    この事例は、Incident 101、ノーケイター事件と関連づけられている。

    ページ19:Incident 103 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:103

    日付:1948年2月18日

    時刻:1500 MST

    場所:ユタ州グリーンリバー飛行場付近

    Incident 103は、Incident 102とほぼ同じ内容を記録している。

    目撃者は、Howard H. Berodt大尉、Carp Maurine F. Rittenour大尉、Leonard F. Marchese中尉、Carl W. Studt中尉ら、第28爆撃群のB-29搭乗員である。

    多色の火球、濃い煙または雲、蒸気の軌跡、晴天、ノーケイター事件との関連が記録されている。

    ページ20:Incident 104 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:104

    日付:1948年5月7日

    時刻:20時55分

    場所:テネシー州スマーナ

    目撃者:フランク・L・ペン曹長、W・M・ペトラヴィッチ少佐、スマーナ空軍基地の無線・管制塔要員など

    観測地点:スマーナ空軍基地から地上6マイル

    物体の数:1

    距離:6マイル

    目撃時間:45分

    高度:地平線から約5度

    速度:非常に遅い

    進行方向:スマーナから見て西北西方向へ遠ざかる

    音:なし

    色:黄色オレンジ

    形状:楕円

    見かけ上の構造:不明、炎のように見えた

    航跡:なし

    天候:地上視程10マイル

    スケッチ・写真:黄色オレンジ色の炎のような楕円を示す図が2つ

    消失方法:地平線へ薄れていった

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「38_143685_box7_incident_summaries_101-172.pdf」

  • 1948年、米空軍は“空飛ぶ円盤”をどう評価していたのか──オランダ沖の未確認航空機と欧州UFO報告

    1948年、米空軍は“空飛ぶ円盤”をどう評価していたのか──オランダ沖の未確認航空機と欧州UFO報告

    事件発生日:1948年11月8日

    主な目撃日:1948年9月5日

    文書日付:1948年11月4日 / 1948年11月8日

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:オランダ西方沖、および欧州関連地域

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399

    出典:U.S. Department of War「341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399」 / 341_110448_records_relating_to_the_collection_and_dissemination_of_intelligence_1948-1955-ts_cont_no.2_2-5300-2-5399.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、1948年の米空軍情報報告書を公開した。

    今回の資料は「341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399」。長いファイル名だが、内容としては1948年11月付けの、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する空軍情報文書である。

    PDFは7ページ構成で、表紙には「TOP SECRET(※最高機密)」の表示がある。

    文書の中には、オランダ西方沖で目撃された未確認航空機、欧州で続く空飛ぶ円盤報告、スウェーデン空軍情報部の見解、そしてソ連製レーダー装置に関する情報まで含まれている。

    つまりこれは、単なるUFO目撃談ではない。

    1948年の米空軍が、欧州で報告される未確認飛行物体を、安全保障・技術・情報収集の問題としてどう扱っていたのかを示す資料である。

    1948年、空飛ぶ円盤はまだ“情報案件”だった

    PDFの冒頭には、米空軍情報部門の表紙があり、「TOP SECRET」「Security Information」と記されている。

    書類は、米空軍本部のDirectorate of Intelligence(※情報局)に関係するファイルとして扱われている。

    2ページ目のカバーシートには、1948年11月8日の日付があり、分類は「TOP SECRET」。

    要約欄には、「Extracts from TT #1524」、つまりTT 1524からの抜粋であること、そして空軍・欧州関連の情報として配布されたことが読み取れる。

    この時点で、空飛ぶ円盤や未確認航空機の報告は、単なる新聞記事や民間の噂ではなく、軍の情報資料として整理されていた。

    欧州軍司令部の特殊情報組織から届いた報告

    3ページ目には、1948年11月4日付の文書がある。

    宛先はGen Cabell。文書には、欧州軍司令部の特殊情報組織が作成した報告一式を入手し、確認と最終処理のために転送すると記されている。

    報告書を精査することは、その組織に空軍予算を割り当てる議論に重みを与えるだろう、という趣旨の記述もある。

    ただし、注意書きも添えられている。

    これらの報告の多くは「受け取ったまま転送されたもの」であるため、利用には注意するように、というのである。

    ここが非常にリアルだ。

    米空軍は未確認飛行物体の報告に関心を持っていた。

    だが同時に、それらの情報の信頼性を無条件に受け入れていたわけではない。

    報告を集める。転送する。精査する。だが注意して使う。

    この温度感が、1948年の空軍情報文書にはっきり出ている。

    オランダ西方沖で目撃された未確認航空機

    4ページ目には、今回の資料の中でもっとも具体的な目撃報告が記録されている。

    報告は、307th Bomb Group(※第307爆撃群)から来たものとされている。

    彼らは「Operation Dagger(※ダガー作戦)」に参加していた。

    未確認航空機は、1948年9月5日14時02分、オランダ西方沖で、第307爆撃群の3人の搭乗員によって目撃された。

    位置は「5155N/0355E」と記録されている。

    すべての航空機の高度は3万フィートだった。

    最初に目撃されたとき、その未確認航空機は通常のジェット速度で巡航しており、方位120度へ向かっていた。

    煙と飛行機雲、突然の加速、そして上昇

    目撃後まもなく、その未確認航空機は煙の跡と凝結跡を残し始めた。

    さらに、突然加速し、その後上昇したと記録されている。

    観測者たちは概ね、それが単一のジェット推進航空機であり、おそらくロケット補助を使っていたのではないかと考えた。

    文書には、その機体は1947年型の通常ジェット機の巡航速度を超える「大きな余剰出力」を持っていたように見えた、という趣旨の記述がある。

    つまり、これは「円盤型の謎の物体」というより、性能が異常に高く見える未確認航空機として記録されている。

    識別可能な距離には入らなかった。

    その針路からも目的は分からなかった。

    報告の評価は「B-2」とされている。

    この評価記号の詳細は本文だけでは断定できないが、少なくとも報告として分類・評価されたことは分かる。

    欧州で続く“空飛ぶ円盤”報告

    5ページ目には、より広い文脈での「flying saucers(※空飛ぶ円盤)」報告が記されている。

    文書は、しばらくの間、空飛ぶ円盤に関する繰り返しの報告に懸念を抱いていたと述べている。

    それらの報告は周期的に現れ続けていた。

    直近の週には、ノイビーベルク空軍基地上空で1件が観測され、約30分間旋回していたという。

    報告は多くの情報源から、さまざまな場所から寄せられており、無視することはできず、何らかの説明を必要とすると文書は述べている。

    ただし、その説明は、当時の情報思考の範囲を少し超えているかもしれない、とも書かれている。

    この一文はかなり印象的だ。

    空飛ぶ円盤報告は多すぎる。

    無視はできない。

    しかし、どう説明すればいいのか分からない。

    1948年の米空軍情報部門は、まさにその地点にいた。

    スウェーデン空軍情報部の見解

    同じページでは、米側の情報担当者がスウェーデン空軍情報部を訪問した際、この問題をスウェーデン側に尋ねたことも記録されている。

    スウェーデン側の回答は驚くほど踏み込んでいる。

    彼らは、信頼でき、技術的に十分な資格を持つ人々が、これらの現象は地球上の既知の文化には帰することのできない高度な技術の結果である、という結論に達していると述べた。

    つまり、スウェーデン側は、これらの物体が未知または未確認の技術、おそらく地球外に由来する可能性まで想定していた。

    文書は、「previously unknown or unidentified technology, possibly outside the earth」、つまり「これまで知られていない、または未確認の技術であり、地球外の可能性もある」といった趣旨を記している。

    もちろん、これは米空軍がその見解を認定したという意味ではない。

    だが、スウェーデン情報当局の見解として、非常に重要な記述である。

    湖に落ちた物体と、未記載のクレーター

    5ページ目には、さらに奇妙な話が続く。

    スウェーデンの技術専門家が、自宅近くの湖のほとりで、ある物体を観測したという。

    その物体は湖に墜落、または着水したとされる。

    観測者は、物体が自分の位置から見てどの方角にあったかを注意深く記録していた。

    スウェーデン情報部はその観測に十分な信頼を置き、海軍の引き揚げチームを湖に派遣した。

    米空軍側の訪問中にも作業は進行中だった。

    潜水夫たちは、湖底に、これまで図示されていなかったクレーターを発見した。

    それ以上の情報はまだなかったが、結果を知らせると約束されていた。

    スウェーデン側は、その観測が信頼できるものであり、現在の水路図に載っていない湖底のくぼみは、実際に空飛ぶ円盤によって作られたものだと考えている、と記録されている。

    これはかなり強い記述である。

    文書を書いた側も、この理論を受け入れるには新しい疑問が大量に生じると認めている。

    それでも、完全に否定はせず、ひとまず心を開いておくべきだ、と書いている。

    ソ連製レーダーと高高度飛行

    6ページ目には、ソ連製レーダー装置に関する情報が記録されている。

    ある人物は、Kholomla飛行場の近くに、ソ連製のレーダー装置があることを知っていた。

    それは「Redut」と呼ばれるタイプであるとされる。

    文書によれば、その人物はこの装置の運用に訓練されていた可能性があるが、確実ではない。

    彼は1948年10月に演習でこの装置を使い、距離150キロメートル、高度12,000メートル付近で対象を捕捉したと述べている。

    訓練後に3,000メートルまで上昇し、再び装置で捕捉されたという。

    ただし、最大射程は150キロメートルと考えており、それ以上の距離での訓練飛行は行われていなかったためだと説明している。

    この部分は直接UFO目撃ではない。

    しかし、未確認飛行物体をめぐる1948年の情報文書の中に、ソ連製レーダー、飛行場、訓練、航空機運用に関する情報が一緒に含まれていることが重要である。

    UFO問題は、最初から冷戦の情報戦と隣り合わせだった。

    ロシア側がレーダー管を大量購入しようとしていた

    7ページ目には、別の短い情報項目がある。

    CIC(※対諜報部隊)情報源によれば、ロシア側は外国にあるCSRミッションに対し、費用に関係なく大量のレーダー管を購入するよう命じていたという。

    さらに、完全なレーダー装置も購入するよう指示されていた。

    評価は「C-3」と記されている。

    これも一見するとUFOから離れた情報に見える。

    しかし、未確認航空機、空飛ぶ円盤、スウェーデンの湖の物体、ソ連レーダー、レーダー部品調達が同じ情報報告の中に並んでいること自体が、1948年の空気をよく表している。

    空にある正体不明のものは、自然現象かもしれない。

    新型航空機かもしれない。

    外国の秘密技術かもしれない。

    そして、その判断にはレーダーや航空情報、軍事情報が不可欠だった。

    1948年の米空軍は何を恐れていたのか

    この資料を読むと、米空軍が恐れていたのは「宇宙人」そのものではなかったように見える。

    むしろ、もっと現実的な不安がある。

    正体不明の航空機がいる。

    通常のジェット機より高性能に見える。

    欧州各地で空飛ぶ円盤の報告が続いている。

    スウェーデン情報部は、それを未知の高度技術かもしれないと考えている。

    ソ連はレーダー技術やレーダー部品に関心を示している。

    そして冷戦はすでに始まっている。

    この状況で、未確認飛行物体は単なる怪談では済まない。

    それが敵国の技術なら、安全保障上の重大問題である。

    それが未知の技術なら、さらに大きな問題である。

    それが誤認や自然現象であっても、報告が多発するなら、情報機関はそれを整理しなければならない。

    “空飛ぶ円盤”は、冷戦初期の情報戦の中にあった

    この文書は、UFOの正体を明かすものではない。

    オランダ沖の未確認航空機が何だったのか、スウェーデンの湖に何が落ちたのか、ノイビーベルク上空の空飛ぶ円盤が何だったのか、最終的な答えは示されていない。

    だが、非常に重要なことを示している。

    1948年の米空軍は、空飛ぶ円盤や未確認航空機の報告を、情報収集・技術評価・冷戦安全保障の文脈で扱っていた。

    それは、笑い話ではなかった。

    各国の空軍情報部、欧州軍司令部、レーダー、ソ連、未知の航空技術。

    そうした要素の中に、UFO報告は置かれていた。

    現代のUAP問題を考えるとき、この文書はかなり示唆的である。

    UAPとは、単に「空に変なものが見えた」という話ではない。

    それは、観測、識別、軍事技術、情報共有、そして国家安全保障の問題として扱われる。

    1948年のこの報告書は、その構図がすでに戦後まもない時期に存在していたことを示している。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    1948年11月付けの、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する空軍情報報告書。

    アセットファイル名:341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:1948年11月8日

    事件発生場所:オランダ

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1:最高機密ファイル表紙

    分類:TOP SECRET(※最高機密) / Security Information(※安全保障情報)

    宛先:Directorate of Intelligence, Headquarters, U.S. Air Force, Washington 25, D.C.(※米空軍本部 情報局)

    すべての文書は、最高機密管理番号に従って番号順に保管されている。

    ページ2:カバーシート

    日付:1948年11月8日

    分類:TOP SECRET(※最高機密)

    差出:AFOIR-CO

    要約:TT #1524からの抜粋。D/I、HQ USAFからA-2、USAFEへ。

    備考欄には、情報用として提出されたこと、各項目が関係部門に配布されたことが記されている。

    ページ3:欧州軍司令部の特殊情報組織に関する報告

    日付:1948年11月4日

    宛先:Gen Cabell

    分類:SECRET(※秘密)

    欧州軍司令部の特殊情報組織が設立以来作成してきたすべての報告一式を入手した。

    これらの報告を確認と最終処理のために転送する。

    これらの報告を精査することは、この組織に空軍予算を割り当てる議論に重みを与えるだろう。

    ただし、これらの報告の多くは受け取ったまま転送されたものであるため、利用には注意すること。

    ページ4:オランダ西方沖の未確認航空機目撃

    日付:1948年11月4日

    分類:CONFIDENTIAL(※機密)

    差出:OI OB

    以下の未確認航空機目撃報告は、Operation Dagger(※ダガー作戦)に参加していた307th Bomb Group(※第307爆撃群)から来たものである。

    未確認航空機は、1948年9月5日14時02分、オランダ西方沖、位置5155N/0355Eで、第307爆撃群の3つの搭乗員によって目撃された。

    すべての航空機の高度は3万フィートだった。

    最初に目撃されたとき、未確認航空機は通常のジェット速度で巡航しており、方位120度へ向かっていた。

    最初に目撃された直後、その航空機は煙の跡と凝結跡を残し始め、突然加速し、その後上昇した。

    観測者たちは概ね、それが単一のジェット推進航空機であり、おそらくロケット補助を使用していたと考えた。

    その機体には、1947年型の通常ジェット機の巡航速度を超える、非常に大きな余剰出力があるように見えた。

    識別可能な範囲には入らなかった。

    その針路から目的は分からなかった。

    この報告に対する評価はB-2である。

    ページ5:欧州で続く空飛ぶ円盤報告とスウェーデン側の見解

    日付:1948年11月4日

    分類:TOP SECRET(※最高機密)

    差出:OI OB

    しばらくの間、われわれは空飛ぶ円盤に関する繰り返しの報告に懸念を抱いてきた。

    それらの報告は周期的に現れ続けている。

    先週には、ノイビーベルク空軍基地上空で1件が観測され、約30分間旋回していた。

    報告は非常に多くの情報源から、非常に多様な場所から寄せられており、無視することはできず、何らかの根拠に基づく説明が必要である。

    ただし、その説明は、現在のわれわれの情報思考の範囲をやや超えているかもしれない。

    この情報局の士官たちが最近スウェーデン空軍情報部を訪問した際、この問題をスウェーデン側に尋ねた。

    スウェーデン側の回答は、信頼でき、技術的に十分な資格を持つ人々が、これらの現象は明らかに高度な技術の結果であり、地球上の既知の文化に帰することはできないという結論に達している、というものだった。

    したがって彼らは、これらの物体が、これまで知られていない、または未確認の技術、場合によっては地球外に由来する可能性があると考えている。

    これらの物体のひとつは、スウェーデンの技術専門家によって、自宅近くの湖のほとりで観測された。

    その物体は湖に墜落、または着水したとされ、観測者は自分の観測地点から見た方位を注意深く記録していた。

    スウェーデン情報部はその観測に十分な信頼を置き、海軍の引き揚げチームを湖に派遣した。

    米空軍士官の訪問中も作業は進行中だった。

    潜水夫たちは、湖底に、これまで図示されていなかったクレーターを発見した。

    それ以上の情報はまだないが、結果について知らせると約束されている。

    彼らの見解では、観測は信頼できるものであり、現在の水路図に載っていない湖底のくぼみは、実際に空飛ぶ円盤によって作られたものである。

    この物体の起源に関するこの理論を受け入れることは、まったく新しい疑問群を生じさせ、われわれの考え方の多くを変えることになる。

    それでも、われわれはこのいささか壮大な理論を完全には否定せず、当面はこの問題について心を開いておくつもりである。

    ページ6:ソ連製レーダー装置と飛行場情報

    分類:TOP SECRET(※最高機密)

    情報源は、Kholomla飛行場近く、町から北西約5キロメートルにあるソ連製レーダー装置について知っている。

    この装置は「Redut」と呼ばれるタイプである。

    情報源は、この装置を運用するよう割り当てられた人員を知っていると考えているが、確実ではない。

    彼の連隊は、1947年春にKholomlaに最初に到着して以来、この装置を操作する訓練飛行を行っていた。

    彼の航空機は1948年10月に演習中、距離150キロメートル、高度12,000メートルでこの装置に捕捉された。

    指示に従い、彼は3,000メートルまで上昇し、再び装置に捕捉された。

    彼は、この装置はPVO(※防空軍)全体で使用されており、最大射程は150キロメートルだと考えている。

    なぜなら、それ以上の距離での訓練飛行は行われたことがなかったからである。

    さらに、TU-2の機体後部に設置されたIFF(※敵味方識別装置)に関する記述がある。

    この装備は1947年に彼の連隊の全機体に再搭載されたが、数日の試験の後に取り外された。

    結果は満足できるものだったと理解されている。

    Kholomla飛行場については、現在は滑走路らしき平地にすぎず、600メートル×1400メートルの舗装滑走路が飛行場北側境界の外に建設中であるとされる。

    飛行場には現在設備がなく、航空機は露天に駐機され、燃料はKholomlaの町からタンク車で運ばれている。

    TU-2は、3名の乗員だけで到着し、通常の背部銃塔機銃手の席には誰もいなかった。

    情報源は、TU-2がモスクワの工場で製造されたと考えており、機体の銘板には第19工場で製造されたと記されていた。

    さらに詳細な報告は、操縦士と航法士への尋問に基づいて作成中であり、今後1〜2週間でさらに多くの詳細が得られる見込みである。

    ページ7:ロシア側によるレーダー機材調達

    日付:1948年11月4日

    分類:SECRET(※秘密)

    CIC(※対諜報部隊)情報源は、ロシア側が外国にあるCSRミッションに対し、費用に関係なく大量のレーダー管を購入するよう命じたと報告している。

    ミッションはまた、完全なレーダー装置を購入するよう指示されていた。

    評価はC-3である。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「341_110448_records_relating_to_the_collection_and_dissemination_of_intelligence_1948-1955-ts_cont_no.2_2-5300-2-5399.pdf」

  • 1947年、米軍は“空飛ぶ円盤”をどう見ていたのか──航空資材司令部が残した初期UFO調査メモ

    1947年、米軍は“空飛ぶ円盤”をどう見ていたのか──航空資材司令部が残した初期UFO調査メモ

    事件発生日:1947年12月30日

    文書年代:1947年9月〜12月ごろの覚書・通信文書を含む

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:該当なし

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:18_100754_ 一般 1946-7_Vol_2

    出典:U.S. Department of War「18_100754_ General 1946-7 Vol. 2」 / 18_100754_ general 1946-7_vol_2.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、1947年の「Flying Discs(※直訳:飛行円盤)」に関する軍文書を公開した。

    今回の資料は「18_100754_ General 1946-7 Vol. 2」。日本語でいえば、「18_100754_ 一般 1946-7 第2巻」である。

    このファイルには、空飛ぶ円盤、あるいは飛行円盤の目撃情報に関する覚書や通信文書が含まれている。

    文書の中心にいるのは、Air Materiel Command(※航空資材司令部)である。

    1947年といえば、現代UFO史の出発点とされる年だ。6月にはケネス・アーノルド事件が起き、その直後から「空飛ぶ円盤」という言葉がアメリカ中に広まっていく。

    このPDFに残されているのは、その熱狂がまだ始まったばかりの時期に、米軍内部で「空飛ぶ円盤」をどう扱うべきかを検討していた痕跡である。

    1947年12月、空飛ぶ円盤は「懸念事項」だった

    PDFの冒頭には、1947年12月30日付の覚書が収録されている。

    件名は「Flying Discs(※直訳:飛行円盤)」。

    差出は、Air Materiel Command(※航空資材司令部)のChief of Intelligence(※情報部長)と読める。

    宛先は、米空軍のChief of Staff(※参謀総長)であり、Research and Development(※研究開発)担当者にも注意が向けられている。

    この覚書では、1947年12月9日にMajor General L. C. Craigieとの間で行われた会話を確認し、さらに「Flying Discs」に関する過去の書簡と添付資料に触れている。

    重要なのは、この現象について、航空資材司令部がまだ十分な情報を集められておらず、情報収集と分析を続ける必要があると述べている点だ。

    つまり1947年末の時点で、空飛ぶ円盤は単なる新聞の流行語ではなく、米軍内部で正式に扱われるべき対象になっていた。

    「空飛ぶ円盤報告の分析」

    2ページ目には、文書管理カードのようなページがある。

    そこには「Analysis of ‘Flying Disc’ Reports」、つまり「『飛行円盤』報告の分析」と読める文字がある。

    日付は1947年12月29日ごろ。

    この時期には、空飛ぶ円盤報告を単発の奇談としてではなく、複数の報告を集めて分析する対象として扱っていたことが分かる。

    ここがこのファイルの面白いところだ。

    現代のUAP(※未確認航空現象)議論では、目撃情報を集め、分類し、パターンを探ることが重要になる。

    しかしその原型のような作業は、すでに1947年の段階で始まっていた。

    「現象は実在し、幻覚ではない」

    このPDFの中でも特に重要なのが、1947年9月23日付の「AMC Opinion Concerning ‘Flying Discs’」、つまり「航空資材司令部による『飛行円盤』に関する見解」である。

    文書は、複数の部門による予備調査を踏まえた意見として、かなり踏み込んだ内容を書いている。

    まず、報告された現象について、こう述べている。

    「その現象は実在するものであり、幻覚的なものでも架空のものでもない」と。

    これは非常に強い表現である。

    もちろん、ここで言う「実在」とは、宇宙人の乗り物だと認めたという意味ではない。

    だが少なくとも、当時の航空資材司令部は、すべてを見間違いや作り話として切り捨てていたわけではなかった。

    何かしらの現象が実際に報告されており、それは調査に値する、と見ていたのである。

    円盤型、金属光沢、無音、超高速

    この1947年9月23日付文書では、報告されている物体の特徴も整理されている。

    判読できる範囲では、共通する特徴として、金属的または光を反射する表面、航跡がないこと、円形または楕円形で、底が平らで上部がドーム状であることなどが挙げられている。

    さらに、いくつかの目撃では編隊飛行が報告されていた。

    通常は音がないが、例外的に大きな轟音のようなものが記録された事例もある。

    水平飛行時の速度は、300ノット以上と推定されている。

    これは、当時の航空機の文脈では無視できない性能である。

    空飛ぶ円盤は、ただ「丸いものが見えた」というだけではなかった。

    形状、表面、音、飛行速度、編隊、航跡の有無など、航空技術上の特徴として整理されていたのである。

    自然現象か、国内開発か、外国の技術か

    文書は、原因としていくつかの可能性を挙げている。

    ひとつは、隕石のような自然現象である。

    しかし、報告されている運動特性の一部は、自然現象では簡単に説明できないとも読める。

    もうひとつは、国内の極秘計画や未知の研究開発である。

    そしてさらに、外国が何らかの飛行形態、あるいは推進方式を持っている可能性にも触れている。

    ここには、1947年という時代背景が色濃く出ている。

    第二次世界大戦は終わったばかりで、ドイツの航空技術、ロケット技術、全翼機、秘密兵器への関心は高かった。

    同時に、冷戦が始まり、ソ連を含む外国勢力が新しい航空技術を持っているのではないかという懸念もあった。

    つまり、空飛ぶ円盤は最初から「宇宙人」の話だけではなかった。

    それは、技術、軍事、情報、そして安全保障の問題でもあった。

    「完全な情報交換」を求める文書

    1947年9月23日付の航空資材司令部見解では、複数の組織にまたがる情報交換の必要性も述べられている。

    陸軍、海軍、原子力委員会、研究開発機関、航空情報機関などから関連するデータを集めるべきだという趣旨が読み取れる。

    また、調査が進むにつれて、完全なデータの相互交換が必要だとも記されている。

    これは現代のUAP問題にも通じる。

    軍、情報機関、航空機関、研究機関が、それぞれ別々に情報を持っていては、全体像が見えない。

    1947年の時点で、すでに同じ課題が認識されていた。

    写真に写った“空飛ぶ円盤”は欠陥だった

    PDFには、写真証拠に関するやり取りも含まれている。

    1947年12月5日付の文書では、ある女性が撮影した写真に写った痕跡について、調査の結果「フィルム、紙、カメラの欠陥であり、飛行円盤の写真ではない」と結論づけられている。

    そのため、この件については、これ以上の調査を行わないよう求めている。

    ここも重要だ。

    米軍はすべてを信じていたわけではない。

    写真が提出されれば調べる。

    そして、欠陥だと判断されれば、そう結論づける。

    このファイルは、空飛ぶ円盤への関心と、証拠の切り分けが同時に行われていたことを示している。

    新聞記事、ナチスの円盤、ホルテン兄弟

    別の文書では、新聞記事の切り抜きが送られている。

    そこには、ドイツでの秘密兵器開発、円盤型航空機、ホルテン兄弟の全翼機などに関する話題が含まれていたようだ。

    1947年11月18日付の文書では、新聞記事の中で紹介された「Saucer」と呼ばれる航空機について、さらなる情報や資格・能力に関するデータを求めている。

    1947年9月24日付の文書では、Horten VIII、Horten IX、Horten Parabolaなど、ホルテン兄弟による航空機関連資料にも触れている。

    つまり、米軍は空飛ぶ円盤を考えるうえで、ドイツの航空技術や全翼機の系譜も参照していた。

    これは非常に自然な流れだ。

    空に見慣れない形状の高速物体が現れたとき、それを「異星人」と直結させるより前に、まず敵国や旧敵国の技術、秘密兵器、実験機の可能性を考える。

    この文書群には、その軍事的な思考がはっきり残っている。

    “空飛ぶ円盤型航空機”への情報要求

    PDFの後半には、「Flying Saucer Type Aircraft」、つまり「空飛ぶ円盤型航空機」に関する情報要求を示す文書がある。

    1947年10月30日付の陸軍航空軍の対応記録で、件名には「Flying Saucer – Phenomenon」と読める。

    さらに、「Intelligence Requirements on Flying Saucer Type Aircraft」、つまり「空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求」と書かれている。

    これは、空飛ぶ円盤が単なる超常現象としてではなく、航空機の一形態である可能性を持つものとして検討されていたことを示す。

    もし円盤型の飛行機が実在するなら、それは誰が開発しているのか。

    どんな推進方式なのか。

    どんな軍事的意味を持つのか。

    1947年の米軍にとって、それは当然の関心事だった。

    ラスベガス訪問中の「General Brentnall」関連文書

    末尾には、1947年10月13日付の文書も含まれている。

    そこでは、General Brentnallがニューメキシコ州アルバカーキの第16作戦連絡部隊を訪問していた際、Mrs. Merchantという人物が「飛行円盤」に関する知識を持っていると聞いた、という内容が記録されている。

    文書によれば、Mrs. Merchantは、飛行円盤がネバダ州ラスベガス近郊の離着陸場から発射されているという説を持っていたとされる。

    また、それが中央メキシコの場所から発射され、ニューメキシコ州ロスアラモスの重要な原子力施設を目撃・観察する目的で飛んでいた、という主張も記録されている。

    もちろん、文書はこの主張を事実と認定しているわけではない。

    むしろ、情報を確認するために、必要なら本人と接触して聞き取りを行うべきだという実務的な文脈で書かれている。

    だが、ここにも1947年の空気がある。

    空飛ぶ円盤、原子力施設、秘密の発射場、外国勢力、謎の航空機。

    それらが、まだ整理されないまま一つの不安として絡み合っていた。

    このファイルが示すもの

    このPDFは、宇宙人の存在を証明する文書ではない。

    また、1947年に米軍が空飛ぶ円盤の正体をつかんでいたことを示すものでもない。

    しかし、非常に重要なことを示している。

    それは、1947年の段階で、米軍が空飛ぶ円盤を「調査に値する現象」として扱っていたということだ。

    報告を集める。

    写真を調べる。

    自然現象の可能性を考える。

    国内の秘密開発を疑う。

    外国の技術を警戒する。

    関係機関で情報を共有しようとする。

    そして、円盤型航空機という発想まで視野に入れる。

    ここには、現代のUAP調査につながる原型がすでにある。

    “空飛ぶ円盤”は最初から安全保障の問題だった

    空飛ぶ円盤という言葉には、どこかレトロで、少し滑稽な響きがある。

    だが、1947年の米軍文書を読むと、それは決して単なる笑い話ではなかったことが分かる。

    見慣れない形の飛行物体が報告される。

    速度が速い。

    音がしない。

    航跡がない。

    編隊を組んでいる。

    原子力施設や軍事施設との関係が疑われる。

    そのとき軍が考えるのは、「誰が飛ばしているのか」「技術的に可能なのか」「安全保障上の脅威なのか」ということだ。

    この文書は、その思考の出発点を記録している。

    1947年、空飛ぶ円盤は、空想と軍事技術と冷戦初期の不安が交差する場所にあった。

    そしてその交差点こそが、のちのUFO、さらに現代のUAP問題へとつながっていく。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    このファイルには、空飛ぶ円盤/円盤の目撃情報に関する覚書や通信文書が含まれており、それらは航空資材司令部にとって懸念事項である。

    アセットファイル名:18_100754_ 一般 1946-7_Vol_2

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:1947年12月30日

    事件発生場所:該当なし

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1:航空資材司令部から米空軍参謀総長への覚書

    日付:1947年12月30日

    件名:Flying Discs(※直訳:飛行円盤)

    差出:Headquarters Air Materiel Command(※航空資材司令部)

    宛先:Chief of Staff, United States Air Force(※米空軍参謀総長)

    1947年12月9日に行われたMajor General L. C. Craigieとの会話を確認し、Flying Discs(※飛行円盤)に関する過去の書簡を添付する。

    航空資材司令部のコメントは空軍本部に受け取られていないが、収集と分析のための情報をさらに得る必要がある。

    この件は航空資材司令部、情報部にとって継続的な関心事項である。

    ページ2:文書管理カード

    件名:Analysis of “Flying Disc” Reports(※「飛行円盤」報告の分析)

    1947年12月ごろの文書管理カード。

    「飛行円盤」報告の分析に関する資料として扱われていたことが分かる。

    ページ3:飛行円盤に関する覚書

    日付:1947年12月30日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    この文書では、飛行円盤に関する複数の覚書や書簡が参照されている。

    空軍の方針として、すべての目撃や現象に関するデータが収集・照合・評価されるべきであり、その性質に関する情報が整えられるべきだという趣旨が述べられている。

    航空資材司令部は、適切な勧告を行うためには十分な情報が必要であるとしている。

    ページ4:写真の痕跡に関する判断

    日付:1947年12月5日付文書への第1回裏書、1947年12月22日

    件名:Flying Disc(※飛行円盤)

    写真に写った痕跡は、フィルム、紙、またはカメラの欠陥によるものと考えられ、飛行円盤の写真ではないと判断されている。

    この件については、これ以上の調査を行わないよう求められている。

    ページ6:女性が撮影した写真に関する報告

    日付:1947年12月5日

    差出:Headquarters Fourth Air Force, Hamilton Field, California

    件名:Flying Disc(※飛行円盤)

    Mrs. Herronが1946年11月5日から12月12日の間に撮影した写真5枚が転送された。

    写真には空に見える点状または線状のものが写っているとされる。

    初見では、これらはフィルムまたはカメラの欠陥の可能性があるとされ、飛行円盤の確認例ではないと判断されている。

    Mrs. Herronはネガの返却を求めており、必要であれば写真室でネガを入手して返送するよう求めている。

    ページ7:新聞記事と未確認航空機への情報要求

    日付:1947年11月18日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    Dayton Journalに掲載された「Saucer」と呼ばれる航空機に関する新聞記事の切り抜きが添付されている。

    記事では、戦時中にドイツで開発された武器や、新たな推進方式に関する話題が扱われていたとされる。

    記事に登場する人物や航空機について、さらなる情報が求められている。

    ページ8:新聞切り抜きに関する通信

    日付:1947年11月24日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    1947年11月18日付の通信に関する返答で、同封された新聞記事は適切に扱うため、航空技術情報部門へ転送されるべきだと述べられている。

    ページ9〜14:航空資材司令部による「飛行円盤」に関する見解

    日付:1947年9月23日

    件名:AMC Opinion Concerning “Flying Discs”(※航空資材司令部による「飛行円盤」に関する見解)

    この文書は、T-3、航空機研究所、工学部門、さらにT-3の動力装置・プロペラ研究所などの人員による予備調査に基づく見解として提出されている。

    文書は、以下のような見解を示している。

    第一に、報告された現象は実在するものであり、幻覚的なものでも架空のものでもない。

    第二に、円盤のような形状を持ち、人間が作った航空機ほどの大きさに見える物体が存在する可能性がある。

    第三に、いくつかの事例は隕石のような自然現象によって引き起こされた可能性がある。

    第四に、報告されている運動特性には、極端な上昇率、機動性、特に横転動作などが含まれる。これらは友軍機やレーダーによって目撃・接触された場合、回避行動とみなされる可能性がある。

    文書には、物体の共通する特徴として、以下のような記述がある。

    • 金属的、または光を反射する表面
    • 通常は航跡がない。ただし、対象が高性能条件下で運用されている場合を除く
    • 円形または楕円形で、底が平ら、上部がドーム状
    • 複数の報告で、3機から9機の編隊飛行が確認されている
    • 通常は音がないが、3件では大きな轟音が記録されている
    • 水平飛行時の速度は300ノット以上と推定される

    また、文書は、これらの物体が米国内の極秘計画または未知の研究開発に由来する可能性、あるいは外国が何らかの飛行形態や推進方式を持っている可能性についても検討している。

    さらに、調査を優先事項として進め、陸軍、海軍、原子力委員会、研究開発機関などとの情報交換を行うことを推奨している。

    ページ15〜16:ホルテン兄弟と円盤型・全翼機関連資料

    日付:1947年9月24日

    件名:Flying Disc(※飛行円盤)

    この文書では、風洞試験用の図面や、Royal Aircraft Establishment(※英国王立航空研究所)による報告が添付されていると記されている。

    対象には、Horten VIII、Horten IX、Horten Parabolaなど、ホルテン兄弟による航空機関連資料が含まれている。

    文書は、ドイツの航空技術や全翼機、円盤型航空機の可能性について情報を収集していたことを示している。

    ページ17:空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求

    日付:1947年10月30日

    件名:Flying Saucer – Phenomenon(※空飛ぶ円盤現象)

    概要:Intelligence Requirements on Flying Saucer Type Aircraft(※空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求)

    陸軍航空軍本部の対応記録であり、空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求として整理されている。

    ページ18:Mrs. Merchantへの聞き取りに関する文書

    日付:1947年10月28日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    General Brentnallが、Mrs. Merchantから「飛行円盤」に関する発言を聞いたことに関する通信。

    Mrs. Merchantを尋問するための措置を取るよう求められている。

    ページ19〜20:Mrs. Merchantの主張に関する詳細

    日付:1947年10月13日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    General Brentnallがニューメキシコ州アルバカーキの第16作戦連絡部隊を訪問中、Mrs. H. Merchantという人物から「飛行円盤」に関する情報を得たことが記録されている。

    文書によれば、Mrs. Merchantは、飛行円盤がネバダ州ラスベガス近くの離着陸場から発射されていると主張していた。

    また、円盤は中央メキシコのある場所から発射され、ニューメキシコ州ロスアラモスの重要な原子力施設を目撃・観察するために使われている、という趣旨の主張も記録されている。

    文書は、この主張を事実として認定しているわけではないが、本人に接触して情報を確認することを求めている。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「18_100754_ general 1946-7_vol_2.pdf」

  • FBIが保管していた“空飛ぶ円盤”ファイル──1966年、UFOブームと市民団体をめぐる奇妙な記録

    FBIが保管していた“空飛ぶ円盤”ファイル──1966年、UFOブームと市民団体をめぐる奇妙な記録

    事件発生日:該当なし

    文書年代:1947年6月〜1968年7月の記録を含むFBI事件ファイルの一部

    主な収録時期:1966年

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:該当なし

    公開元:FBI

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10

    出典:U.S. Department of War「65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10」 / 65_hs1-834228961_62-hq-83894_section_10.pdf

    この資料の全文翻訳へ移動する


    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、FBIのUFO関連事件ファイルを公開した。

    今回の資料は「65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10」。FBIの事件ファイル番号「62-HQ-83894」に属する文書の一部である。

    この事件ファイルには、1947年6月から1968年7月までに記録された未確認飛行物体、いわゆる「空飛ぶ円盤」に関する捜査記録、目撃証言、公開報告書、新聞記事、民間団体資料などが含まれている。

    今回のPDFは20ページ構成で、主に1966年の資料が目立つ。

    J・エドガー・フーヴァー名義の返信書簡、UFO愛好家団体の大会資料、「Flying Saucers International」という会報、新聞切り抜き、そしてFBI内部メモ。

    そこにあるのは、単なるUFO目撃談ではない。

    1960年代のアメリカで、空飛ぶ円盤というテーマが、市民団体、出版物、新聞、政治的疑念、FBIの記録管理の中にどう入り込んでいたのかを示す資料である。

    FBIの“空飛ぶ円盤”事件ファイル

    この資料の表紙には、FBI中央記録センターのラベルとともに「62-HQ-83894」「Section 10」と記されている。

    ファイルには「Serials 448-」という管理表示も見える。

    つまり、これは単発の文書ではなく、長く蓄積されたFBIのUFO関連ファイルの一部である。

    出典元の説明によれば、この事件ファイルには、1947年6月から1968年7月の間に記録された、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する捜査記録、目撃証言、公開報告書が含まれている。

    FBIの保管庫では一部公開されていたものの、今回掲載されているものは、より完全に近い事件ファイルであり、新たに機密解除されたページと、わずかな黒塗りのみを含むものと説明されている。

    J・エドガー・フーヴァーからの返信

    PDFの序盤には、1966年9月6日付の書簡が収録されている。

    差出人はFBI長官J・エドガー・フーヴァー。宛先はニューハンプシャー州ゴフスタウンのMrs. Levi J. Dowである。

    内容は、彼女が送った1966年8月31日付の手紙と同封物に対する返信だ。

    フーヴァーは、FBIが連邦政府の厳密な捜査機関であり、飛行物体の調査については結論を出していない、という趣旨の回答をしている。

    そして、同封された内容は記録として残すと述べている。

    注記には、FBIのファイルには「Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)」に関する記録はない、という趣旨の記載も見える。

    ここが面白い。

    市民から送られてきた空飛ぶ円盤関連の資料に対して、FBI長官名義で形式的に返答しつつ、同時に内部では、その団体が記録上どう扱われているかが確認されている。

    市民の手紙ににじむ“UFO団体への不安”

    続いて収録されているのは、Mrs. Florence C. Dowによる1966年8月31日付の手紙である。

    彼女は、自分が「Nicap」に関心を持っていると書いている。NICAP(※全米空中現象調査委員会)は、当時の有名なUFO研究団体である。

    手紙の内容からは、彼女がUFOそのものだけでなく、UFO関連団体の背後にある思想や政治的影響を気にしていたことがうかがえる。

    彼女は、同封された資料を読み、そこに共産主義的な影響があるのではないかと懸念しているように読める。

    1966年のアメリカである。

    空飛ぶ円盤は、単なる空の謎ではなかった。

    冷戦、共産主義への警戒、市民団体への疑念、政府機関への問い合わせ。そうした時代の空気の中で、UFOというテーマが扱われていた。

    空飛ぶ円盤クラブの大会資料

    PDFの中盤には、AFSCA(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)の大会資料が収録されている。

    資料には「3rd National Flying Saucer Convention」とあり、開催地はネバダ州リノ。日程は1966年7月8日、9日、10日と読める。

    会場はCentennial Coliseum。

    大会資料には、講演者、研究者、展示、写真、空飛ぶ円盤関連の出版物などが掲載されている。

    そこには、当時のUFO文化の熱気がある。

    ただの目撃談だけではない。大会があり、会報があり、講演者がいて、参加登録用紙があり、販売される出版物があり、写真や新聞記事の切り抜きがある。

    1960年代のUFOブームは、すでにかなり組織化された市民文化になっていた。

    「Flying Saucers International」という会報

    PDFには「Flying Saucers International」と題された会報のページも含まれている。

    発行主体はAmalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)。

    1966年7月号で、価格は50セントと表示されている。

    表紙には、森の上空を飛ぶ円盤状の物体の写真またはイラストが大きく掲載されている。

    中面には、各地の目撃談、新聞記事、研究者の文章、大会関連情報などが詰め込まれている。

    まるでUFO版の業界誌である。

    読者は単に「空に変なものを見た」という人々だけではない。

    研究者、愛好家、講演者、団体運営者、そして疑念を持つ市民たちが、このメディア空間の中でつながっていた。

    新聞切り抜きが示す“空飛ぶ円盤の時代”

    PDFには、多数の新聞切り抜きも収録されている。

    見出しには「Tracked by Radar」「UFOs Sighted Over Wide Section of District」「Six Teens Tell of Chase by Buzzing, Lighted UFOs」「Flying Saucers Are Poppin’ Up All Over」「Civil Defense Director Watches ‘Flying Saucer’」などの文字が見える。

    いずれも、空飛ぶ円盤やUFOが当時の新聞で広く扱われていたことを示している。

    特に興味深いのは、UFOが単なる娯楽記事ではなく、レーダー、警察、民間防衛、若者の目撃談、地域社会の話題として報じられている点だ。

    空飛ぶ円盤は、当時のアメリカ社会において、笑い話でもあり、不安でもあり、科学的好奇心でもあり、時に安全保障の問題でもあった。

    新聞切り抜きの集合は、その混ざり合った空気をよく伝えている。

    「空飛ぶ円盤は実在する!」という広告

    PDFの後半には、「FLYING SAUCERS ARE REAL!」と大きく書かれた広告のような画像も収録されている。

    そこには、AFSCA WORLD REPORTの購読案内らしき文面があり、12号で3ドルと読める。

    発行元として、Gabriel Greenの名前と、ロサンゼルスの住所も記載されている。

    この一枚は、当時のUFO文化を象徴している。

    空飛ぶ円盤は、目撃談であり、信念であり、商品でもあった。

    人々はレポートを買い、会報を読み、大会に参加し、写真を見て、新聞記事を集めていた。

    FBIのファイルに残されたのは、まさにその文化の断片である。

    FBI内部メモが示す距離感

    PDFの終盤には、1966年10月3日付のFBI内部メモがある。

    宛先はFBI長官。差出はロサンゼルスのSAC(※特別捜査官責任者)宛ての系統に見える。

    件名には、Flying Saucers International、Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.などの名称が並ぶ。

    メモの内容からは、FBIがこの団体について積極的な捜査を行っているというより、問い合わせや資料送付に応じて、記録確認をしている様子がうかがえる。

    また、FBI長官名義の別の返信書簡では、未確認飛行物体や空飛ぶ円盤の目撃に関する事柄はFBIの管轄ではなく、空軍の管轄であるという趣旨も示されている。

    つまり、FBIはUFO現象そのものを追っていたというより、関係する市民団体、資料、問い合わせ、そして必要に応じた他機関への照会を記録していた。

    この距離感が、資料全体から見えてくる。

    このファイルが面白い理由

    この資料は、UFOの正体を明かすものではない。

    墜落した機体の秘密資料でもなければ、宇宙人の存在を証明する文書でもない。

    しかし、別の意味で非常に面白い。

    それは、1960年代のアメリカ社会で「空飛ぶ円盤」がどのように扱われていたのかを、そのまま保存しているからだ。

    市民はFBIに手紙を書く。

    FBI長官は返信する。

    UFO団体は大会を開く。

    会報は売られる。

    新聞は目撃談を大きく扱う。

    そしてFBIは、それらを事件ファイルの中に保管する。

    UFOとは、空に現れる謎だけではない。

    それを見た人、信じた人、疑った人、商売にした人、調査しようとした人、警戒した人、記録した人たちが作る社会現象でもある。

    このファイルは、そのことをよく示している。

    “空飛ぶ円盤”は、政府記録の中で文化になった

    1947年以降、アメリカでは空飛ぶ円盤の目撃談が急増した。

    そして1960年代には、それは単なる噂ではなく、新聞、雑誌、市民団体、大会、政府機関への問い合わせを巻き込む大きな文化になっていた。

    今回のSection 10には、その文化の一部が詰め込まれている。

    手紙、返信、会報、広告、新聞切り抜き、内部メモ。

    ひとつひとつは小さな紙片である。

    だが、それらを並べると、当時のアメリカ社会が「空飛ぶ円盤」をどう受け止めていたのかが見えてくる。

    真実を求める人。

    不安を感じる人。

    商機を見出す人。

    公的機関に判断を求める人。

    そして、管轄外だとしながらも記録を残すFBI。

    この資料は、UFOの正体ではなく、UFOをめぐる人間社会の正体を映している。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    FBIの62-HQ-83894事件ファイルには、1947年6月から1968年7月の間に記録された未確認飛行物体および飛行円盤に関する捜査記録、目撃証言、および公開報告書が含まれている。

    記録には、注目を集めた事件の報告、テネシー州オークリッジなどの場所からの写真証拠、および潜在的な推進システムに関する技術提案が含まれている。

    その他のトピックには、会議プログラム、研究者の報告、および当時の広範なメディア報道が含まれる。

    このファイルは、FBI保管庫に一部公開されているが、より多くの黒塗りがあり、一部のページが欠落している。

    ここに掲載されているのは、新たに機密解除された数ページと、わずかな黒塗りのみを含む完全な事件ファイルである。

    アセットファイル名:65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10

    公開日:2026年5月8日

    機関:FBI

    事件発生日:該当なし

    事件発生場所:該当なし

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1:FBI事件ファイル表紙

    FBI中央記録センターのファイル表紙。

    ファイル番号として「62-HQ-83894」、セクション番号として「Section 10」が確認できる。

    表紙には「Use care in handling this file」、つまり「このファイルの取り扱いに注意」といった管理上の注意書きが見える。

    ページ2:J・エドガー・フーヴァーからの返信書簡

    日付:1966年9月6日

    宛先:Mrs. Levi J. Dow, Goffstown, New Hampshire

    差出人:J. Edgar Hoover, Director

    あなたの1966年8月31日付の手紙と同封物を受け取りました。

    お問い合わせについて、この局は連邦政府の厳密な捜査機関であり、未確認飛行物体に関する評価や結論を出すことはしていません。

    連邦法違反が明確に示されない限り、この件について調査を行う権限はありません。

    ただし、あなたの通信は記録として残されます。

    注記:FBIのファイルには、Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)に関する記録はない、という趣旨の記載がある。

    ページ4:Mrs. Florence C. Dowの手紙

    日付:1966年8月31日

    宛先:J. E. Hoover, FBI Director

    私はNICAP(※全米空中現象調査委員会)の会員であり、UFO、つまり空飛ぶ円盤にとても関心があります。

    数週間前、同僚が空飛ぶ円盤の切手に関する手紙を受け取りました。

    私はUFOに関心があったので、その切手を求め、3ドルを支払って12号分のAFSCAレポートを申し込みました。

    最初の号を受け取って読んだところ、私が期待していた内容とは違うように感じました。

    私はこの件についてどうすべきか分かりませんが、自分の限られた理解では、共産主義的な思想に支えられているように思えます。

    私は自分を真のアメリカ人だと考えており、祖先はアメリカ独立戦争以前にまでさかのぼります。

    私は共産党と関わるような組織には関わりたくありません。

    もしこの件を調査する方法があるなら、教えていただきたいです。

    ページ8〜15:AFSCA大会資料、会報、新聞切り抜き

    AFSCA(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)の第3回全国空飛ぶ円盤大会資料が収録されている。

    大会名は「3rd National Flying Saucer Convention」。開催地はネバダ州リノ。日程は1966年7月8日、9日、10日。

    会報「Flying Saucers International」1966年7月号も収録されている。

    表紙には「Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.」と記載され、価格は50セント。

    新聞切り抜きには、レーダーで追跡されたUFO、広い地域で目撃されたUFO、若者たちが追跡した光るUFO、空飛ぶ円盤関連の世論調査や地域報道などが含まれている。

    これらの資料は、1960年代当時、空飛ぶ円盤が新聞、会報、大会、広告を通じて広く流通していたことを示している。

    ページ16:広告資料

    「FLYING SAUCERS ARE REAL!」つまり「空飛ぶ円盤は実在する!」と大きく書かれた広告資料。

    AFSCA WORLD REPORTの購読案内と思われる内容で、「12 issues $3.00」と読める。

    発行元はAmalgamated Flying Saucer Clubs of Americaで、Gabriel Greenの名前が確認できる。

    ページ18:FBI内部メモ

    日付:1966年10月3日

    宛先:FBI長官

    件名:Flying Saucers International、Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.、その他関連事項

    このメモでは、フィラデルフィア支局から送られた書簡により、Flying Saucers Internationalという出版物、およびAmalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.に関する照会が共有されている。

    記録上、ロサンゼルス支局のファイルには、当該団体についての調査が行われた情報はない、という趣旨の記載がある。

    また、FBI本部へ情報提供された旨が記されている。

    ページ20:Paul L. Wrightへの返信書簡

    日付:1966年10月17日

    宛先:Mr. Paul L. Wright, Atlanta, Georgia

    差出人:J. Edgar Hoover

    あなたの10月9日付の手紙を受け取りました。

    未確認飛行物体、または空飛ぶ円盤の目撃に関する事柄については、FBIの管轄にはありません。

    あなたの通信は他の政府機関にも関心のある内容であるため、空軍長官室の特別捜査担当総監に写しを送ります。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「65_hs1-834228961_62-hq-83894_section_10.pdf」

  • 2023年、米国西部で7人の政府職員が目撃した“球体を発射する球体”──AAROが「最も説得力のある報告」とするUAP事件

    2023年、米国西部で7人の政府職員が目撃した“球体を発射する球体”──AAROが「最も説得力のある報告」とするUAP事件

    事件発生年:2023年

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:アメリカ西部

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:米国西部イベント

    出典:U.S. Department of War「Western U.S. Event」 / Western U.S. Event PDF

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Western U.S. Event」と題されたUAP関連資料を公開した。

    この文書は、2023年にアメリカ西部で2日間にわたり発生した、複数の未確認異常現象に関する証言の要約である。

    報告者は、連邦政府に雇用されている7人の米国人職員。出典元の説明によれば、彼らは4つの異なるカテゴリーの体験を報告している。

    ひとつ目は、遠方で「球体が他の球体を発射する」ように見えた現象。ふたつ目は、近距離と推定される場所で観察された、大きく静止した光る球体。三つ目は、地面近くを移動する大きな現象を追跡した事例。そして四つ目は、「半透明の凧」に似ていると報告された、大きく透明な現象である。

    この報告に直接関連する技術データは存在しないとされている。

    しかし出典元の説明では、これらの現象がAARO(※全領域異常解決局)に報告された他の現象と共通の特徴を持っていること、報告者の信頼性、そして現象自体の潜在的な異常性が重なり、この報告はAARO(※全領域異常解決局)の現在の保有資料の中でも、最も説得力のあるもののひとつとされている。

    つまり、これは単なる怪談ではない。

    政府職員による複数の証言があり、現象は4つのカテゴリーに整理され、なおかつAARO(※全領域異常解決局)の中でも重要度の高い報告として扱われている。

    その中でも特に目を引くのが、「Orbs Launching Orbs(※直訳:球体を発射する球体)」と題された現象である。

    空に現れた“球体を発射する球体”

    資料の最初に登場するのが、「Orbs Launching Orbs(※直訳:球体を発射する球体)」という報告だ。

    場所はアメリカ西部。時間帯は夕暮れ。しかも、この現象は2つの別々の日に目撃されたとされている。

    3組、合計6名の連邦法執行機関の特別捜査官が、それぞれ独立して、空に現れたオレンジ色の「球体」が、赤い小さな「球体」を放出する様子を目撃した。

    赤い球体は2個から4個ほどの集団で放出され、多くの証言では3個程度だったという。

    この現象は少なくとも5回発生したと記録されている。

    毎回、オレンジ色の球体が現れ、赤い球体を放出し、その後すぐに消えた。オレンジ色の球体が見えていた時間は、わずか1秒から2秒ほどだった。

    一瞬だけ現れ、何かを放出し、すぐに消える。

    まるで空中に一瞬だけ開く“発射口”のようでもあり、赤い光を吐き出す“母体”のようでもある。

    赤い球体は水平に飛び、ときに上昇し、ときに急降下した

    赤い球体の動きも、かなり奇妙だ。

    資料によれば、赤い球体は基本的にはオレンジ色の「母体」から水平に離れていった。

    しかし、いくつかの例では、1つの赤い球体が斜め上へ向かったとされている。また別の目撃者は、赤い球体が放出されたあと、ときどき下へすくうように急降下したと述べている。

    水平移動、斜め上昇、急降下。

    これが自然現象なのか、人工物なのか、あるいはそのどちらでもない何かなのか。資料上では、正体は示されていない。

    “母体”はひとつだったのか、それとも複数いたのか

    この報告で特に不気味なのは、オレンジ色の「母体」がひとつだったのか、それとも複数存在していたのかが分かっていない点だ。

    目撃は2日間にわたり、複数のチームによって、異なる場所と視点から行われている。

    そのため、ひとつのオレンジ色の球体が何度も現れて赤い球体を放出していたのか、あるいは複数のオレンジ色の球体がそれぞれ同じような現象を起こしていたのかは不明とされている。

    ここに、この記録の怖さがある。

    ただの見間違いであれば、ここまで複数の証言が重なるだろうか。

    もちろん、これだけで異星人や超常現象を意味するわけではない。しかし、少なくとも資料上では、通常の航空機やドローンとして簡単に説明されているわけではない。

    岩場の近くに浮かぶ“巨大な炎のような球体”

    同じPDFには、「Large, Fiery Orb(※直訳:大きな炎のような球体)」という別の報告も収められている。

    こちらも場所はアメリカ西部。時間帯は夕暮れである。

    2名の連邦法執行機関の特別捜査官、USPER5とUSPER6が、岩の尖塔の近くに浮かぶオレンジ色の発光体を目撃した。

    当初、目撃者たちはその距離を約500〜600メートルと考えていた。しかし、後にAARO(※全領域異常解決局)が測定したところ、実際には観測者から約1050メートル離れていたと評価されている。

    さらにAARO(※全領域異常解決局)の測定では、その物体は直径12〜18メートルほどだったとされている。

    12〜18メートル。

    これは、かなり大きい。

    目撃者は当初、それを「小型ヘリコプターの操縦席」ほどの大きさに見えたと述べている。しかし、後の測定では、それよりも大きな物体だった可能性が示されている。

    資料には、目撃者による印象的な表現も残されている。

    その物体は「ロード・オブ・ザ・リングに出てくるサウロンの目に似ている。ただし瞳はない。あるいは、オレンジ色のStorm Electrifyのボウリングボールのようだった」と説明された。

    ただし、物体から目立った音は確認されていない。

    また、USPER6は、その物体が「抵抗や動きがまったくなく浮いている、あるいは吊り下げられているように見えた」と述べている。

    目撃時間は約1分。

    1秒や2秒の見間違いではない。約1分間、そこに“何か”が浮かんでいたということになる。

    夜明け前の道路に現れた“暗い凧”

    資料の3つ目の報告は、「Dark Kite(※直訳:暗い凧)」である。

    時間帯は夜明け前。場所は同じくアメリカ西部。

    2名の連邦法執行機関の特別捜査官、USPER5とUSPER6は、制限区域内の道路を走っている車のようなものを確認した。

    その“車”には、赤と白の2つのライトがあった。ライトは地上から2〜3フィート、つまりおよそ60〜90センチほどの高さにあったとされている。

    捜査官たちはその対象を追跡した。

    そして数百フィート以内まで近づいたとき、対象は突然道路から外れ、砂漠の上を移動した。

    奇妙なのは、その動き方だ。

    対象は、観測者に対する向きを変えないまま、横方向に移動したように見えた。推定速度は時速15〜20マイル。高さは変わらず、「抵抗がまったくない」ように見えたとされている。

    その後、対象は道路脇から約100メートル離れた場所で停止し、ライトを消した。

    USPER6は暗視装置でその対象を確認した。ライトが消える直前、暗視装置には一瞬だけ物体が見え、ライトが消えた後も「非常に細い線」のようなものが残っていたという。

    一方、USPER5は、その対象を「輪郭のはっきりしない、暗い凧のような形」と表現した。

    後のAARO(※全領域異常解決局)との話し合いでは、この対象は三角形だったとも説明されている。

    30分後に現れた“透明な凧”

    4つ目の報告は、「Transparent Kite(※直訳:透明な凧)」である。

    「Dark Kite(※直訳:暗い凧)」の目撃から約30分後、USPER5とUSPER6は、別の同僚USPER7とともに、同じ一帯へ戻った。

    理由は、その地域に別の未許可物体があるとの報告を受けたためだった。

    前回の「暗い凧」が目撃された場所から数百メートル以内で、USPER5とUSPER6は、先ほどの対象と似た光の配置を持つ凧型の物体を観察した。

    この物体は地上約6メートルの高さにあり、右下から左上へ傾いた姿勢だった。そして、風に乗ってゆっくり漂っているように見えた。

    USPER5は暗視装置でその物体を見ていた。一方、USPER6は肉眼で見ていた。USPER7はその物体を見ていない。

    USPER5は、暗視装置を通して、その物体越しに遠くの明るい星が1つか2つ、かすかに見えたと述べている。

    つまり、その物体は完全に不透明ではなく、ある程度透けていたように見えたということだ。

    さらに奇妙なのは、スポットライトを使ったときの出来事である。

    対象を見失ったあと、USPER5はスポットライトで再び探そうとした。すると、光が遠くまで届かず、何もないはずの約50ヤード先で止まったように見えた瞬間があったという。

    しかし、同じ場所へ再び光を向けると、今度は光が遠くまで届いた。

    チームはその後、この対象を再発見することができなかった。

    AAROが「最も説得力のある報告」と見る理由

    出典元の説明では、この報告に直接関連する技術データはないとされている。

    つまり、レーダー、映像、各種センサーなどによって、対象の正体を確定できる資料が揃っているわけではない。

    それでも、この報告はAARO(※全領域異常解決局)の現在の保有資料の中で、最も説得力のあるもののひとつとされている。

    理由は、いくつかある。

    まず、報告者が連邦政府に雇用されている7人の米国人職員であること。

    次に、2日間にわたり、複数の現象が報告されていること。

    さらに、これらの現象がAARO(※全領域異常解決局)に報告された他の現象と共通する特徴を持っていること。

    そして、現象そのものに潜在的な異常性があること。

    出典元は、これらの状況要因が組み合わさって、この報告を特に説得力のあるものにしていると説明している。

    これは“証明”ではなく、“問い”である

    この資料は、異星人の存在を証明するものではない。

    また、超常現象だと断定するものでもない。

    だが、だからといって軽く扱える内容でもない。

    7人の政府職員が、2023年にアメリカ西部で、2日間にわたって複数の未確認異常現象を報告した。

    球体が球体を発射する。

    巨大な炎のような球体が、音もなく岩場の近くに浮かぶ。

    車のように見えたものが、道路を外れて横滑りする。

    透明な凧のような物体が、夜明け前の空中に浮かぶ。

    どれも単体であれば、錯覚、自然現象、機材の問題、ドローンなど、さまざまな可能性を考えることはできる。

    しかし、それらが同じ地域で、同じ2日間の中で、複数の政府職員によって報告されているとなると、話は少し変わってくる。

    答えはまだない。

    あるのは、記録された証言と、未解決の問いだけだ。

    2023年、アメリカ西部の空と地上近くに、何が現れたのか。

    この資料は、その答えではなく、その問いそのものを私たちの前に置いている。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    この文書は、2023年に米国西部で2日間にわたり、連邦政府に雇用されている7人の米国人職員がそれぞれ報告した、複数の未確認異常現象に関する陳述の要約である。

    要約によると、米国人職員は、遠くで「球体が他の球体を発射する」様子、推定近距離で大きな静止した光る球体の観察、地面近くで大きな現象を追跡する様子、そして「半透明の凧」に似ていると報告された、大きく透明な現象の観察など、4つの異なるカテゴリーの体験を報告している。

    この報告に直接関連する技術データはない。

    しかし、これらの現象がAARO(※全領域異常解決局)に報告された他の現象と共通の特徴を持っていること、報告者の信頼性、そして現象自体の潜在的な異常性といった状況要因が組み合わさって、この報告はAARO(※全領域異常解決局)の現在の保有資料の中で最も説得力のあるものとなっている。

    アセットファイル名:米国西部イベント

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:2023年

    事件発生場所:アメリカ西部

    文書の種類:PDF

    「Orbs Launching Orbs(※直訳:球体を発射する球体)」

    場所:アメリカ西部

    時間帯:夕暮れ、2つの別々の日

    連邦法執行機関の特別捜査官2名ずつからなる3組のチーム、USPER1からUSPER6までが、それぞれ独立して、空にあるオレンジ色の「球体」が、より小さな赤い「球体」を2個から4個の集団で放出、または発射する様子を目撃したと説明している。

    赤い球体は、概ね3個だったというのが証言の一致点である。

    この現象は少なくとも5回発生したとされている。

    毎回、オレンジ色の球体が現れ、赤い球体を放出し、その後消えた。

    オレンジ色の球体が見えていたのは、わずか1秒から2秒だった。

    赤い球体は通常、オレンジ色の「母体」球体から水平の経路で離れていった。

    しかし、いくつかの例では、1つの赤い球体が「斜め上に向かって」移動したと述べられている。また別の目撃者は、赤い球体が大きなオレンジ色の球体から放出された後、ときどき「下へ急降下する」ように動いたと述べている。

    これらの出来事は、2日間にわたり、異なる場所と視点から複数のチームによって目撃された。

    出来事が連続して発生した性質上、赤い球体の集団を放出していたオレンジ色の「母体」球体が1つだったのか、それとも複数のオレンジ色の球体が存在していたのかは分かっていない。

    「Large, Fiery Orb(※直訳:大きな炎のような球体)」

    場所:アメリカ西部

    時間帯:夕暮れ

    2名の連邦法執行機関の特別捜査官、USPER5とUSPER6が、「約500〜600メートル」の距離にある、光るオレンジ色の球体を目撃した。その球体は岩の尖塔の近くに位置していた。

    大きさを判断するのは困難だったが、「小型ヘリコプターの操縦席」と同程度の大きさに見えた。

    目撃者たちは、光る球体以外の構造をはっきり見ることはできなかった。

    ただしUSPER6は、その物体について「下側から岩の形成物につながる小さな軸、あるいは何かがあったようにも見えた」と述べている。

    目撃者たちは、その物体が目立った音を発していなかったと述べている。

    その物体は、「ロード・オブ・ザ・リングに出てくるサウロンの目に似ている。ただし瞳はない。あるいは、オレンジ色のStorm Electrifyのボウリングボールのようだった」と説明された。

    USPER6は、その物体について「抵抗や動きがまったくなく浮いている、あるいは吊り下げられているように見えた」と述べた。

    目撃は「約1分間」続いた。

    ※後にAARO(※全領域異常解決局)が行った測定では、その物体は観測者から約1050メートル離れていたと評価されている。

    ※後にAARO(※全領域異常解決局)が行った測定では、その物体は直径12〜18メートルだったと評価されている。

    アーティストによる再現図

    「Dark Kite(※直訳:暗い凧)」

    場所:アメリカ西部

    時間帯:夜明け前

    2名の連邦法執行機関の特別捜査官、USPER5とUSPER6は、制限区域内の道路を走行している車だと最初に考えられたものを観察した。

    その「車」には2つのライトがあり、1つは赤、もう1つは白だった。それらは地上から約2〜3フィートの高さにあった。

    捜査官たちはその「車」を追跡した。

    そして数百フィート以内まで近づくと、その物体は突然道路から外れ、砂漠の上を移動した。

    その際、観測者に対する向きは変わらなかった。つまり、横方向に動いているように見えた。推定速度は時速15〜20マイルだった。

    その物体は高さを変えず、「抵抗がまったくない」ように見えた。

    その物体は道路脇から約100メートル離れた場所で停止し、ライトを消した。

    USPER6は、その物体を後方から見たとき「細い線」と表現した。

    一方、もう一人の捜査官USPER5は、「輪郭のはっきりしない、暗い凧のような形で、側面には丸みのある幅があるように見えた」と述べた。

    後のAARO(※全領域異常解決局)との話し合いでは、その物体は三角形だったと説明されている。

    USPER6は、その物体が道路脇に停止した後、暗視装置を使って観察した。

    その捜査官は、ライトが消える前に暗視装置で「一瞬」その物体を観察し、ライトが消えた後も「非常に細い線」が残っていたと述べている。

    その物体は幅約4フィートと推定され、地面に対して水平に位置していた。

    その後、物体は時速15〜20マイルほどの速度で動き始め、「高さを上げる」ように見えたが、「平らな線」のままだった。

    捜査官は数秒後、その物体を見失った。

    赤いライト

    白いライト

    画像1:USPER6が暗視装置で見た物体について提供した図をもとにした再現図。

    「Transparent Kite(※直訳:透明な凧)」

    場所:アメリカ西部

    時間帯:夜明け前

    「Dark Kite(※直訳:暗い凧)」の目撃から約30分後、連邦法執行機関の特別捜査官USPER5とUSPER6は、別の同僚USPER7とともに、同じ一般地域に戻った。

    これは、その地域に別の未許可物体があるとの報告を受けたためだった。

    「Dark Kite(※直訳:暗い凧)」が目撃された場所から数百メートル以内で、チームメンバーのうち2名、USPER5とUSPER6が、以前に見た物体と似た照明パターンを持つ凧型の物体を観察した。

    この物体は地上約6メートルの高さにあり、右下から左上へ傾いた角度になっていた。

    そして、風に乗ってゆっくり漂っているように見えた。

    USPER5は暗視装置を使ってその物体を見ており、USPER6は肉眼で見ていた。

    USPER7はその物体を見ていない。

    USPER5は、暗視装置の中で、遠くにある明るい星が1つか2つ、その物体を通してかすかに見えたと述べた。

    これにより、USPER5は、その物体がある程度透明であると考えた。

    その物体を見失った後、USPER5はスポットライトを使って再び見つけようとした。

    その目撃者は、ライトを周囲に照らしていた際、「ある時点で、自分の光線が遠くまで届いていた状態から、何もないはずの約50ヤード先で止まる状態になった。そしてその後、また遠くまで届くようになった」と述べている。

    目撃者が、光が何かに遮られたように見えた場所へライトを向けると、今度は光が再び遠くまで届いた。

    チームはその物体を再び視認することはできなかった。

    画像2:USPER6が肉眼で見た物体について提供した図をもとにした再現図。

    注:輪郭は明確ではなかったが、ライトの位置は正確な編隊を保っていた。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「western_us_event_slides_5.08.2026.pdf」