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  • シリア沖でP-8Aが捉えた“海面すれすれの未確認物体”──時速約926kmで飛んだUAP任務報告

    シリア沖でP-8Aが捉えた“海面すれすれの未確認物体”──時速約926kmで飛んだUAP任務報告

    事件発生日:2016年11月18日

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:シリア・ラタキア北西沖、東地中海

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:DOW-UAP-D55、任務報告書、シリア、2016年11月

    出典:U.S. Department of War「DOW-UAP-D55, Mission Report, Syria, November 2016」 / dow-uap-d55-mission-report-syria-november-2016.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、2016年11月にシリア沖で発生したUAP関連の任務報告書を公開した。

    今回の資料は「DOW-UAP-D55, Mission Report, Syria, November 2016」。日本語でいえば、「DOW-UAP-D55、任務報告書、シリア、2016年11月」である。

    文書の中心にあるのは、米軍のP-8A哨戒機が東地中海で観測した、低空を高速で飛行する未確認物体だ。

    場所は、シリアのラタキア北西沖。

    資料の見出しでは、P-8Aがラタキア北西55海里、つまり約102キロメートルの地点で、未確認の低空飛行物体を観測したと記されている。

    その物体は、海面すれすれを飛行する「sea skim mode(※直訳:海面すれすれ飛行モード)」のように見え、南東方向へ約500ノット、つまり時速約926キロメートルで移動していた。

    観測時間は約2分。

    その後、P-8Aはその物体を見失った。

    P-8AがEO/IRセンサーで捉えた低空飛行物体

    資料によれば、P-8Aは東地中海でKCTGの活動を監視していた。

    その最中、P-8Aは未知の起源を持つ未確認の低空飛行物体を観測した。

    物体はラタキア北西沖にあり、KCTGから離れるように南東方向へ向かっていたとされる。

    観測にはEO/IRセンサーが使われている。

    EO/IRとは、Electro-Optical / Infrared(※電子光学・赤外線)の略で、可視光や赤外線によって対象を観測するセンサーである。

    つまり、この目撃は肉眼だけの証言ではない。

    機体搭載センサーによって、低空を高速移動する物体が捉えられたという任務報告である。

    「ミサイル発射の可能性」として記録された

    資料のタイムラインでは、最初の観測が2016年11月18日13時10分Zとされている。

    この時点で、P-8AはEO/IRセンサーにより、起源不明の「possible missile launch(※直訳:ミサイル発射の可能性)」を観測した。

    その物体は、海面すれすれを飛ぶような状態で、約500ノット、つまり時速約926キロメートルで南東方向へ進んでいた。

    この表現は重要である。

    資料は、この物体を最初から「宇宙由来のUAP」として扱っているわけではない。

    むしろ、任務報告上では、ミサイル活動の可能性があるものとして記録されている。

    ただし、出典元の説明では、これがUAP(※未確認異常現象)として公開資料に含まれている。

    つまり、この事例は「正体不明の飛行物体」ではあるが、軍事的にはまずミサイルや既知の兵器活動の可能性を検討すべき事案として扱われていたと読める。

    海面すれすれを時速約926kmで飛行

    この物体の特徴は、速度と飛行高度の低さにある。

    資料では、物体は「sea skim mode(※直訳:海面すれすれ飛行モード)」に見えたと記されている。

    これは、海面に近い高度を維持して飛行する状態を指す。

    特に対艦ミサイルなどでは、レーダー探知を避けるために海面近くを飛ぶ「シースキミング」が知られている。

    ただし、この資料だけで対象が実際にミサイルだったと断定することはできない。

    報告書も「possible missile」、つまり「ミサイルの可能性」としている。

    速度は約500ノット。

    これは時速約926キロメートルに相当する。

    マイル表記では約575マイル毎時、つまり時速約925キロメートルである。

    低空をこの速度で移動する物体は、P-8Aの任務クルーにとっても明確に注目すべき対象だったはずだ。

    P-8Aは物体の南約26海里にいた

    最初の観測時、P-8Aの位置は、物体検出地点の南26海里と記録されている。

    26海里は約48キロメートルである。

    つまり、P-8Aは対象からかなり離れた位置にいた。

    それでも、EO/IRセンサーにより対象を捉え、移動方向や速度を推定できた。

    資料の図には、P-8Aの位置、物体の検出地点、そしてその後に見失った地点が示されている。

    この図からも、物体が沿岸部付近ではなく、ラタキア北西沖の東地中海上を移動していたことが分かる。

    約2分後、ラタキア北西約40海里で見失う

    タイムラインの次の記録は、13時12分Zである。

    P-8Aはこの時点で、対象との視覚的接触を失った。

    見失った位置は、ラタキア北西約40海里とされている。

    40海里は約74キロメートルである。

    最初の観測から見失うまで、およそ2分。

    その短い間に、物体は南東方向へ高速で移動した。

    報告書では、その物体、またはミサイルの可能性がある対象が、ロシア船とみられるINGUL ARSと、1隻の未確認船舶の間を通過したとも記録されている。

    この点は軍事的に重要である。

    もし対象がミサイルであった場合、周辺海域の艦船との位置関係は安全保障上の意味を持つ。

    天候は良好、視程制限なし

    資料の天候欄では、P-8Aの航空隊員が視界を「clear(晴明)」と評価し、距離上の視程制限はなかったと記録している。

    つまり、悪天候や視界不良で対象を誤認した、という説明は少なくともこの報告書からは読み取りにくい。

    ただし、観測はEO/IRセンサーによるものであり、対象の形状や正体を特定するには限界がある。

    資料には、センサー映像の静止画像のような小さな画像も含まれている。

    そこには、明るく白く写る物体が見えるが、これだけで対象の形状や構造を判断するのは難しい。

    任務指揮官は「安全な遭遇」と評価

    資料下部のコメント欄では、P-8Aの任務指揮官が、この相互作用を「safe(安全)」と評価したと記されている。

    また、東地中海においてP-8Aがミサイル活動の可能性を観測したのはこれが初めてだったが、KCTGの評価済み活動と一致する標準的な活動と評価された、とされている。

    ここも大事な部分だ。

    この報告書は、対象を「まったく説明不能な超常的物体」として扱っているわけではない。

    むしろ、軍事活動の文脈に照らせば、KCTGの活動と整合する標準的な事象である可能性が高いと評価している。

    それでも、この資料がUAP関連公開資料に含まれている理由は、観測時点で対象が未確認であり、P-8Aのセンサーが捉えた低空高速物体として記録されているからだろう。

    「未確認」と「異常」は同じではない

    この資料を読むうえで重要なのは、「未確認」と「異常」を分けて考えることだ。

    UAP(※未確認異常現象)という言葉は、ときにすぐ「宇宙人」や「超常現象」と結びつけられる。

    だが、この任務報告書に記録された対象は、軍事的にはミサイル活動の可能性があるものとして扱われている。

    つまり、未知の存在というより、識別前の軍事対象という色が強い。

    ただし、だからといって資料の価値が低いわけではない。

    むしろ、現代のUAP資料の多くは、このように「一見すると通常の軍事活動かもしれないが、観測時点では未確認だったもの」を含んでいる。

    その積み重ねが、空域や海域で何が起きているのかを把握するための重要な材料になる。

    シリア沖のUAPは、戦場のセンサー記録だった

    今回の資料は、派手なUFO目撃談ではない。

    舞台は東地中海。

    シリアのラタキア沖。

    観測者は米軍P-8A。

    観測手段はEO/IRセンサー。

    対象は海面すれすれを時速約926キロメートルで飛ぶ低空物体。

    そして報告書上の評価は、ミサイル活動の可能性。

    これは、現代UAP問題のかなり現実的な側面を示している。

    UAPとは、必ずしも空飛ぶ円盤や光る球だけではない。

    軍用機のセンサーに映る、低空を高速で移動する正体未確定の物体。

    それがミサイルなのか、ドローンなのか、他国の装備なのか、あるいは何らかの誤認なのか。

    その判断がつくまでは、それは安全保障上の“未確認”であり続ける。

    2016年11月18日、シリア・ラタキア沖でP-8Aが捉えた物体は、そのような戦場のUAPだった。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    この文書は、シリアのラタキア近郊で米軍機が目撃した未確認異常現象、UAP(※未確認異常現象)に関する任務報告をまとめたものである。

    P-8A哨戒機を操縦していた米軍パイロットは、機体のEO/IRセンサーで物体を目撃したと報告した。

    その物体は「海面すれすれ」の状態で、南東方向に時速約500ノット、つまり約575マイル毎時、時速約925〜926キロメートルで飛行していたとのことである。

    P-8Aは2分後にその物体との視覚的な接触を失った。

    本報告書に含まれる記述および推定表現はすべて、報告者が当該事象発生時に主観的に解釈したものである。

    これらの記述は、物体固有の特徴や性能特性の有無を決定的に示すものとして解釈されるべきではない。

    目撃者の身元、政府施設の所在地、またはUAPとは無関係な軍事施設に関する機密情報を保護するため、一部が黒塗りされている。

    トランプ大統領の指示に基づき公開されたファイルのうち、UAPまたは関連現象として報告された遭遇事例の性質や存在に関する情報については、一切黒塗りは行われていない。

    アセットファイル名:DOW-UAP-D55、任務報告書、シリア、2016年11月

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:2016年11月18日

    事件発生場所:シリア

    文書の種類:PDF

    任務報告書

    機密解除者:MG Richard A. Harrison、USCENTCOM(※米中央軍)参謀長

    機密解除日:2026年5月20日

    67.1 P-8A、シリア・ラタキア北西55海里の未確認低空飛行物体を観測

    日付:2016年11月18日

    概要:東地中海でKCTG活動を監視中、P-8Aは、ラタキア北西55海里、つまり約102キロメートルの地点で、起源不明の未確認低空飛行物体を観測した。

    物体はKCTGから離れるように南東方向へ進み、約500ノット、つまり時速約926キロメートルで移動していた。

    観測時間は約2分だった。

    タイムライン(Z)

    2016年11月18日13時10分Z:P-8AはEO/IRセンサーにより、起源不明のミサイル発射の可能性があるものを観測した。

    その可能性のあるミサイルは、海面すれすれを飛ぶような状態で、約500ノット、つまり時速約926キロメートルで、KCTGから離れる南東方向へ進んでいた。

    P-8Aの位置は、物体検出地点の南26海里、つまり約48キロメートルだった。

    2016年11月18日13時12分Z:P-8Aは、ラタキア北西約40海里、つまり約74キロメートルの地点で対象との視覚的接触を失った。

    そのミサイルの可能性がある対象は、ロシア船とみられるINGUL ARSと、1隻の未確認船舶の間を通過したと観測された。

    天候

    P-8Aの航空隊員は、視界は良好であり、距離上の制限はなかったと評価した。

    CTG 67.1 コメント

    P-8Aの任務指揮官は、この相互作用を安全なものと評価した。

    これは、東地中海においてP-8A航空機がミサイル活動の可能性を観測した最初の事例だった。

    しかし、この事象は、KCTGの評価済み活動と一致する標準的な活動であると評価された。

    映像資料は、文書中のリンクに存在するとされるが、リンク部分は黒塗りされている。

    文書番号:USCENTCOM MDR 26-0038 to MDR 26-0046

    AARO(※全領域異常解決局)への公開承認:2026年3月27日

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「dow-uap-d55-mission-report-syria-november-2016.pdf」

  • 1948年、空に現れた“火球”はUFOだったのか──米軍の未確認飛行物体チェックリストが残した事件記録

    1948年、空に現れた“火球”はUFOだったのか──米軍の未確認飛行物体チェックリストが残した事件記録

    事件発生日:該当なし

    主な収録事件:1948年2月18日、1948年5月7日など

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:カンザス州、ユタ州、テネシー州など

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:38_143685_box_Incident_Summaries_101-172

    出典:U.S. Department of War「38_143685_box_Incident_Summaries_101-172」 / 38_143685_box7_incident_summaries_101-172.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、未確認飛行物体に関する事件概要資料を公開した。

    今回の資料は「38_143685_box_Incident_Summaries_101-172」。日本語でいえば、「事件概要101番から172番」といった位置づけのファイルである。

    このPDFには、それぞれの事件について「未確認飛行物体チェックリスト」が含まれている。

    日付、時刻、場所、目撃者、物体の数、方角、速度、高度、音、色、形、航跡、天候、消失の仕方などを記録する形式だ。

    つまりこれは、単なる怪談集ではない。

    米軍が、目撃された奇妙な空中現象を、できるだけ項目ごとに整理しようとしていた記録である。

    1948年2月18日、カンザス州ノーケイター上空の爆発

    PDFの序盤に登場するのが、Incident 101である。

    日付は1948年2月18日。時刻は午後5時01分。場所はカンザス州ノーケイター。

    この事件は、M・R・Hapbellという人物の新聞記事由来の証言として記録されている。

    観測時間は記録上は不明だが、物体はひとつ。

    高度は地上30〜35マイル、つまり約48〜56キロメートルほどとされている。

    音については、「その後、爆発音が1回。少し後に小さな爆発が多く聞こえた」と記録されている。

    色は青白い煙を伴うオレンジ。

    形状は「きのこ雲」と書かれている。

    見かけ上の構造は「隕石」と判断されている。

    つまり、この事件は現在の感覚でいえば、UFOというよりも隕石、火球、あるいは空中爆発に近い事例として扱われている。

    空に残った“蒸気の軌跡”

    Incident 101のチェックリストには、証拠として「爆発によって空に残された蒸気の軌跡の写真」が挙げられている。

    写真を撮影したのは、カンザス州ノートン在住のアマチュア写真家Duane Wrayとされている。

    資料によれば、写真はノートンの北9マイルの自宅で撮影された。

    ノートンはノーケイターの東約40マイルにあり、撮影時刻は爆発から約1時間後、午後6時15分ごろだったとされている。

    この写真について、資料は「青白い煙の軌跡が東から西へ弧を描いている」と説明している。

    空に残った煙の軌跡。

    爆発音。

    小さな破裂音。

    そして複数の地域から寄せられた目撃談。

    1948年当時、こうした現象が「未確認飛行物体」の事件概要として整理されていたことが分かる。

    “月から来た宇宙船”という大胆な仮説

    このファイルで特に面白いのは、事件そのものだけではない。

    PDFの中盤には、Norman Garrett Markhamという人物による長い書簡が収録されている。

    彼は、1948年2月18日のノーケイター上空爆発について、単なる隕石ではなく、月との関係を考えていた。

    彼の仮説はかなり大胆である。

    ノーケイター上空で爆発した物体は、月から飛来したロケット、あるいは宇宙船のようなものだったのではないか。

    しかも彼は、物体が月から来て、地球上で爆発し、あるいは月との往復に関連していた可能性まで考えている。

    資料中では、月の位置、爆発地点、他地域での火球目撃、過去の空中現象を結びつけようとする推論が展開されている。

    現代の目で見ると、かなり飛躍した仮説である。

    しかし、これもまた当時のUFO問題を理解するうえで重要だ。

    1940年代後半、人々は空に現れる異常な光を、隕石、火球、ロケット、月、金星、宇宙船、あるいは未知の航空機と結びつけながら理解しようとしていた。

    “科学は本気で考えていない”という苛立ち

    Markhamの書簡には、もうひとつ興味深い点がある。

    彼は、「空飛ぶ円盤」について、既存の科学が十分に真剣に考えていないと感じていたように読める。

    彼は、過去の現象や天体位置、目撃報告を照合し、もし軍が実験や調査を行っているなら、こうした記録を集めるべきだと主張している。

    彼の見方が正しかったかどうかは別問題である。

    しかし、ここには現在のUAP議論にも通じる構図がある。

    目撃者や研究者は「何かがある」と感じる。

    公式機関は、それを分類し、確認し、時に自然現象として扱う。

    その間に、推測、仮説、疑念、そして不信が生まれる。

    このファイルには、その初期の空気が残されている。

    ユタ州グリーンリバー付近でB-29搭乗員が見た火球

    PDF後半には、Incident 102およびIncident 103として、ユタ州グリーンリバー付近での目撃が記録されている。

    日付は1948年2月18日。時刻は1500 MST、つまり山岳部標準時の午後3時ごろ。

    場所は、ユタ州グリーンリバー飛行場付近。

    目撃者は、B-29に搭乗していた第28爆撃群の搭乗員たちである。

    観測地点は、39度北、100度西付近。高度は20,000フィート。

    物体は約100マイル離れていたとされている。

    記録では、物体は「多色の火の玉」と表現されている。

    形状は、火の玉に続く濃い雲または煙。

    航跡は「火の玉を先頭にした蒸気の軌跡」と記録されている。

    天候は晴れ。

    この事件も、Incident 101、つまりノーケイター事件と関連づけられている。

    時速1500マイル以上に見えた火球

    Incident 102の補足説明では、この多色の火球が、高密度の煙の雲を引きながら進んでいたとされている。

    目撃者たちは、それをユタ州グリーンリバー付近、約100マイル先で見た。

    物体は東へ向かっていたとされる。

    速度は時速1500マイル以上と推定された。

    この速度感は、通常の航空機というよりも、隕石や火球を連想させる。

    一方で、当時のチェックリストでは、それでも「未確認飛行物体」として整理されている。

    重要なのは、資料が必ずしもすべてを“宇宙船”として扱っているわけではないことだ。

    むしろ、目撃された奇妙な現象を、軍が一定のフォーマットで記録し、比較できるようにしていた点が重要である。

    1948年5月7日、テネシー州スマーナ空軍基地の黄色オレンジ色の楕円

    PDF末尾には、Incident 104として、1948年5月7日のテネシー州スマーナ空軍基地付近の目撃が記録されている。

    時刻は20時55分。

    場所はテネシー州スマーナ。観測地点はスマーナ空軍基地から地上約6マイルとされている。

    目撃者は、フランク・L・ペン曹長、W・M・ペトラヴィッチ少佐、そしてスマーナ空軍基地の無線・管制塔要員たち。

    物体の数は1つ。

    距離は約6マイル。

    目撃時間は45分。

    高度は地平線から約5度。

    速度は「非常に遅い」と記録されている。

    色は黄色オレンジ。

    形は楕円。

    天候は地上視程10マイル。

    スケッチや写真として「黄色オレンジ色の炎のような楕円」を示す図が2つあったと記録されている。

    消え方は「地平線へ薄れていった」とされている。

    火球、隕石、月、金星、そしてUFO

    このPDFに収録された事件を見ると、1948年当時の「未確認飛行物体」という言葉の広さがよく分かる。

    そこには、円盤型の機体だけが含まれていたわけではない。

    火球。

    隕石。

    空中爆発。

    月との関係を疑う仮説。

    金星との合、月の軌道、ロケット、宇宙船。

    軍用機の搭乗員が見た煙を引く火の玉。

    空軍基地付近で45分間見えた黄色オレンジ色の楕円。

    これらがすべて、当時の「未確認飛行物体」問題の中に入っていた。

    つまり、UFOとは最初から、ひとつの決まった形を持つものではなかった。

    それは、空で説明しにくい現象全般を集め、分類し、解釈しようとする枠組みだった。

    チェックリストが示す“軍の見方”

    この資料で特に重要なのは、チェックリスト形式である。

    日付、時刻、場所、目撃者、物体数、方角、高度、速度、音、色、形、航跡、天候、雲への影響、写真の有無、消失方法。

    これらは、現在のUAP調査にも通じる基本項目である。

    空で何かが見えた。

    では、それはいつか。

    どこか。

    誰が見たのか。

    どの方向へ動いたのか。

    音はあったのか。

    色や形はどうだったのか。

    天候はどうだったのか。

    写真はあるのか。

    消え方はどうだったのか。

    こうした情報がなければ、目撃談はただの印象で終わってしまう。

    1948年の米軍は、少なくともその整理の必要性を理解していた。

    この資料が示しているもの

    この資料は、宇宙人の存在を証明するものではない。

    また、収録された事件のすべてが本当に未知の航空機だったと示すものでもない。

    むしろ、多くは隕石、火球、天体現象、誤認、あるいは未確認の自然現象として説明できる可能性がある。

    しかし、このファイルは別の意味で重要だ。

    1948年の時点で、米軍は未確認飛行物体を体系的に記録しようとしていた。

    そして、その中には軍の搭乗員による目撃も、市民証言も、新聞由来の情報も、研究者による仮説も含まれていた。

    UFO問題は、最初から混沌としていた。

    だが、その混沌を整理しようとするフォーマットも、すでに存在していた。

    この「事件概要」ファイルは、その初期の試みを示す資料である。

    火球をUFOとして記録した時代

    現代では、UFOやUAPという言葉は、しばしば「異星人の乗り物」と結びつけられる。

    しかし、この1948年の資料を見ると、当時の未確認飛行物体の範囲はもっと広かった。

    火球も、隕石も、謎の爆発も、空に残る煙の軌跡も、軍の搭乗員が見た高速の光も、空軍基地付近の黄色い楕円も、すべて記録対象だった。

    そこにあったのは、答えではない。

    見えたものを記録し、項目に分け、比較し、説明を探すという作業だった。

    この資料は、UFO史の派手な部分ではなく、その裏側にある地道な記録作業を見せてくれる。

    空に現れた火球は、ただの隕石だったのか。

    それとも、人々がまだ理解できていなかった何かだったのか。

    1948年のチェックリストは、答えを出すのではなく、その問いを一枚ずつ保管している。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    これらの事件概要にはそれぞれ、「未確認飛行物体チェックリスト」が含まれており、事件の詳細が記載されている。

    また、多くの概要には目撃者リストや証言、その他の記述的な報告書や説明も含まれている。

    アセットファイル名:38_143685_box_Incident_Summaries_101-172

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:該当なし

    事件発生場所:該当なし

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1〜2:ファイル表紙

    事件概要ファイルの表紙。

    表紙には機密解除済みの印と、旧分類表示が確認できる。

    ファイルは事件概要101番以降を含む資料として扱われている。

    ページ3〜4:Incident 101 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:101

    日付:1948年2月18日

    時刻:午後5時01分

    場所:カンザス州ノーケイター

    目撃者:M・R・Hapbellの証言、新聞記事由来

    観測場所:カンザス州ノーケイター

    物体の数:1

    高度:地上30〜35マイル

    音:爆発音が1回。その後、少し遅れて小さな爆発音が多数

    色:青白い煙を伴うオレンジ

    形状:きのこ雲

    見かけ上の構造:隕石

    証拠:爆発によって空に残された蒸気の軌跡の写真

    備考欄では、1948年2月18日の火球はカンザス州北部だけでなく、より広い地域で観測されたと説明されている。

    特に、アイオワ州の池に赤熱した約109ポンドの物体が落ちたという報告、2月12日に類似の現象があったという記述、ノートン在住のアマチュア写真家Duane Wrayが蒸気の軌跡を撮影したことなどが記録されている。

    その写真は、ノートンの北9マイルにある自宅で、爆発から約1時間後の午後6時15分ごろ撮影されたとされる。

    ページ5:証言 Exhibit B

    Leland Sammonsの証言。

    Sammonsは、ストックトンの西14マイルの農場に住んでいた。

    彼は1948年2月18日午後5時ごろ、自宅の窓から、キジが騒ぐような音や鶏の反応を聞いたと述べている。

    その後、外の地面の方向へ向かう炎のようなもの、あるいは空中の現象に気づいた。

    証言には、火の玉、煙、雲、轟音のような描写が含まれている。

    また、別の証言者Kenneth HaysやRalph Newの証言も記録されており、爆発音、煙雲、空に残る現象について述べられている。

    ページ6〜8:Norman Garrett Markhamから米陸軍参謀総長宛ての書簡

    日付:1948年2月20日

    差出人:Norman Garrett Markham

    宛先:米陸軍参謀総長室

    件名:1948年2月18日午後5時20分ごろ、カンザス州ノーケイター上空で発生した爆発

    この書簡では、ノーケイター上空の爆発が、隕石ではなく、月、ロケット、宇宙船のようなものと関係している可能性があるという仮説が述べられている。

    Markhamは、月の位置、現象の方向、過去の報告、火球や隕石の説明との違いを検討し、軍がこうした報告を収集・同化するべきだと提案している。

    彼は、地球に接近する物体が、月または他の天体と関係している可能性にも触れている。

    また、過去の「空飛ぶ円盤」報告や、火の玉のような現象との関連も考察している。

    書簡の末尾では、可能性は遠いとしても、月が人類以外の存在に直接関係している可能性にまで言及している。

    ページ9〜12:Markhamによる追加報告

    日付:1948年3月11日

    差出人:Norman G. Markham

    宛先:米陸軍通信士官長

    件名:UFO

    この報告は、ノーケイター上空爆発と他の事例との比較を目的としている。

    Markhamは、1948年2月18日のノーケイター事件、1947年7月4日のボイシ事件、1947年7月9日のモンタナ州での事例などを取り上げている。

    彼は、これらの現象の位置や日時、月との関係、金星との関係、ロケット型の航空機の可能性などを検討している。

    また、未確認の航空現象や空飛ぶ円盤について、軍や科学者が十分に検討していないのではないかという問題意識を示している。

    彼は、もし軍事実験やロケット実験が存在するなら、こうした記録との照合が必要だと考えていた。

    ページ13〜14:Dr. Lincoln LaPazからの書簡抜粋

    日付:1948年4月11日

    差出人:Dr. Lincoln LaPaz, Institute of Meteoritics, University of New Mexico

    この書簡では、Markhamの仮説に対して、隕石学者の立場から慎重な見解が述べられている。

    LaPazは、Markhamの文書について、事実が誤っている箇所や、天文学的・隕石学的に疑問のある点を指摘している。

    一方で、ノーケイター事件については、複数の証言があること、物体が地上近くまで降下したように見えること、通常の隕石説明だけでは処理しにくい点があることにも触れている。

    また、証言の信頼性確認や、物体の軌道・性質についてさらに調べる必要があるという趣旨が読み取れる。

    ページ15〜16:Exhibit A カンザス州ノーケイターでの証言

    場所:カンザス州ノーケイター

    日付:1948年2月18日夜

    Roy W. Coxによるノーケイターでの聞き取りメモ。

    Ralph Newは、午後4時50分ごろ、ノーケイターの郵便局付近にいて、突然、非常に明るい光で町全体が照らされたと述べている。

    彼は外に出ると、北東の空に非常に大きな光を見た。

    その光は燃えているようにも、灰色の雲を作っているようにも見えた。

    別の証言者は、大きな爆発音の前に飛行機のような音を聞いたと述べている。

    Chief Scottは、爆発後に何かが街路に落ちたという話を聞いたが、それは燃えた懐中電灯の電池だった可能性があると記録されている。

    Kenneth Haysは、西の空で回転するようなものを見たと述べ、その後、地平線近くで消えていく煙雲を見たと証言している。

    Roger Youngは、空に高く明るい光を見た後、黄色い煙雲を観測したと述べている。

    ページ17〜18:Incident 102 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:102

    日付:1948年2月18日

    時刻:1500 MST

    場所:ユタ州グリーンリバー飛行場付近

    目撃者:第28爆撃群のB-29搭乗員

    観測地点:39度北、100度西付近、ユタ州グリーンリバー付近

    物体の数:1

    距離:約100マイル

    高度:20,000フィート

    速度:非常に高速

    進行方向:コロラド州ライモン南東方向

    音:B-29のエンジン音のため判定不能

    大きさ:巨大

    色:多色の火の玉

    形状:多色の火球と濃い雲または煙

    航跡:火の玉を先頭にした蒸気の軌跡

    天候:晴れ

    補足説明では、巨大な多色の火球が濃い煙雲を引きながら飛行していたと記録されている。

    目撃者はB-29の搭乗員であり、物体は東へ向かって進み、速度は時速1500マイル以上と推定された。

    この事例は、Incident 101、ノーケイター事件と関連づけられている。

    ページ19:Incident 103 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:103

    日付:1948年2月18日

    時刻:1500 MST

    場所:ユタ州グリーンリバー飛行場付近

    Incident 103は、Incident 102とほぼ同じ内容を記録している。

    目撃者は、Howard H. Berodt大尉、Carp Maurine F. Rittenour大尉、Leonard F. Marchese中尉、Carl W. Studt中尉ら、第28爆撃群のB-29搭乗員である。

    多色の火球、濃い煙または雲、蒸気の軌跡、晴天、ノーケイター事件との関連が記録されている。

    ページ20:Incident 104 未確認飛行物体チェックリスト

    事件番号:104

    日付:1948年5月7日

    時刻:20時55分

    場所:テネシー州スマーナ

    目撃者:フランク・L・ペン曹長、W・M・ペトラヴィッチ少佐、スマーナ空軍基地の無線・管制塔要員など

    観測地点:スマーナ空軍基地から地上6マイル

    物体の数:1

    距離:6マイル

    目撃時間:45分

    高度:地平線から約5度

    速度:非常に遅い

    進行方向:スマーナから見て西北西方向へ遠ざかる

    音:なし

    色:黄色オレンジ

    形状:楕円

    見かけ上の構造:不明、炎のように見えた

    航跡:なし

    天候:地上視程10マイル

    スケッチ・写真:黄色オレンジ色の炎のような楕円を示す図が2つ

    消失方法:地平線へ薄れていった

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「38_143685_box7_incident_summaries_101-172.pdf」

  • 1948年、米空軍は“空飛ぶ円盤”をどう評価していたのか──オランダ沖の未確認航空機と欧州UFO報告

    1948年、米空軍は“空飛ぶ円盤”をどう評価していたのか──オランダ沖の未確認航空機と欧州UFO報告

    事件発生日:1948年11月8日

    主な目撃日:1948年9月5日

    文書日付:1948年11月4日 / 1948年11月8日

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:オランダ西方沖、および欧州関連地域

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399

    出典:U.S. Department of War「341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399」 / 341_110448_records_relating_to_the_collection_and_dissemination_of_intelligence_1948-1955-ts_cont_no.2_2-5300-2-5399.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、1948年の米空軍情報報告書を公開した。

    今回の資料は「341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399」。長いファイル名だが、内容としては1948年11月付けの、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する空軍情報文書である。

    PDFは7ページ構成で、表紙には「TOP SECRET(※最高機密)」の表示がある。

    文書の中には、オランダ西方沖で目撃された未確認航空機、欧州で続く空飛ぶ円盤報告、スウェーデン空軍情報部の見解、そしてソ連製レーダー装置に関する情報まで含まれている。

    つまりこれは、単なるUFO目撃談ではない。

    1948年の米空軍が、欧州で報告される未確認飛行物体を、安全保障・技術・情報収集の問題としてどう扱っていたのかを示す資料である。

    1948年、空飛ぶ円盤はまだ“情報案件”だった

    PDFの冒頭には、米空軍情報部門の表紙があり、「TOP SECRET」「Security Information」と記されている。

    書類は、米空軍本部のDirectorate of Intelligence(※情報局)に関係するファイルとして扱われている。

    2ページ目のカバーシートには、1948年11月8日の日付があり、分類は「TOP SECRET」。

    要約欄には、「Extracts from TT #1524」、つまりTT 1524からの抜粋であること、そして空軍・欧州関連の情報として配布されたことが読み取れる。

    この時点で、空飛ぶ円盤や未確認航空機の報告は、単なる新聞記事や民間の噂ではなく、軍の情報資料として整理されていた。

    欧州軍司令部の特殊情報組織から届いた報告

    3ページ目には、1948年11月4日付の文書がある。

    宛先はGen Cabell。文書には、欧州軍司令部の特殊情報組織が作成した報告一式を入手し、確認と最終処理のために転送すると記されている。

    報告書を精査することは、その組織に空軍予算を割り当てる議論に重みを与えるだろう、という趣旨の記述もある。

    ただし、注意書きも添えられている。

    これらの報告の多くは「受け取ったまま転送されたもの」であるため、利用には注意するように、というのである。

    ここが非常にリアルだ。

    米空軍は未確認飛行物体の報告に関心を持っていた。

    だが同時に、それらの情報の信頼性を無条件に受け入れていたわけではない。

    報告を集める。転送する。精査する。だが注意して使う。

    この温度感が、1948年の空軍情報文書にはっきり出ている。

    オランダ西方沖で目撃された未確認航空機

    4ページ目には、今回の資料の中でもっとも具体的な目撃報告が記録されている。

    報告は、307th Bomb Group(※第307爆撃群)から来たものとされている。

    彼らは「Operation Dagger(※ダガー作戦)」に参加していた。

    未確認航空機は、1948年9月5日14時02分、オランダ西方沖で、第307爆撃群の3人の搭乗員によって目撃された。

    位置は「5155N/0355E」と記録されている。

    すべての航空機の高度は3万フィートだった。

    最初に目撃されたとき、その未確認航空機は通常のジェット速度で巡航しており、方位120度へ向かっていた。

    煙と飛行機雲、突然の加速、そして上昇

    目撃後まもなく、その未確認航空機は煙の跡と凝結跡を残し始めた。

    さらに、突然加速し、その後上昇したと記録されている。

    観測者たちは概ね、それが単一のジェット推進航空機であり、おそらくロケット補助を使っていたのではないかと考えた。

    文書には、その機体は1947年型の通常ジェット機の巡航速度を超える「大きな余剰出力」を持っていたように見えた、という趣旨の記述がある。

    つまり、これは「円盤型の謎の物体」というより、性能が異常に高く見える未確認航空機として記録されている。

    識別可能な距離には入らなかった。

    その針路からも目的は分からなかった。

    報告の評価は「B-2」とされている。

    この評価記号の詳細は本文だけでは断定できないが、少なくとも報告として分類・評価されたことは分かる。

    欧州で続く“空飛ぶ円盤”報告

    5ページ目には、より広い文脈での「flying saucers(※空飛ぶ円盤)」報告が記されている。

    文書は、しばらくの間、空飛ぶ円盤に関する繰り返しの報告に懸念を抱いていたと述べている。

    それらの報告は周期的に現れ続けていた。

    直近の週には、ノイビーベルク空軍基地上空で1件が観測され、約30分間旋回していたという。

    報告は多くの情報源から、さまざまな場所から寄せられており、無視することはできず、何らかの説明を必要とすると文書は述べている。

    ただし、その説明は、当時の情報思考の範囲を少し超えているかもしれない、とも書かれている。

    この一文はかなり印象的だ。

    空飛ぶ円盤報告は多すぎる。

    無視はできない。

    しかし、どう説明すればいいのか分からない。

    1948年の米空軍情報部門は、まさにその地点にいた。

    スウェーデン空軍情報部の見解

    同じページでは、米側の情報担当者がスウェーデン空軍情報部を訪問した際、この問題をスウェーデン側に尋ねたことも記録されている。

    スウェーデン側の回答は驚くほど踏み込んでいる。

    彼らは、信頼でき、技術的に十分な資格を持つ人々が、これらの現象は地球上の既知の文化には帰することのできない高度な技術の結果である、という結論に達していると述べた。

    つまり、スウェーデン側は、これらの物体が未知または未確認の技術、おそらく地球外に由来する可能性まで想定していた。

    文書は、「previously unknown or unidentified technology, possibly outside the earth」、つまり「これまで知られていない、または未確認の技術であり、地球外の可能性もある」といった趣旨を記している。

    もちろん、これは米空軍がその見解を認定したという意味ではない。

    だが、スウェーデン情報当局の見解として、非常に重要な記述である。

    湖に落ちた物体と、未記載のクレーター

    5ページ目には、さらに奇妙な話が続く。

    スウェーデンの技術専門家が、自宅近くの湖のほとりで、ある物体を観測したという。

    その物体は湖に墜落、または着水したとされる。

    観測者は、物体が自分の位置から見てどの方角にあったかを注意深く記録していた。

    スウェーデン情報部はその観測に十分な信頼を置き、海軍の引き揚げチームを湖に派遣した。

    米空軍側の訪問中にも作業は進行中だった。

    潜水夫たちは、湖底に、これまで図示されていなかったクレーターを発見した。

    それ以上の情報はまだなかったが、結果を知らせると約束されていた。

    スウェーデン側は、その観測が信頼できるものであり、現在の水路図に載っていない湖底のくぼみは、実際に空飛ぶ円盤によって作られたものだと考えている、と記録されている。

    これはかなり強い記述である。

    文書を書いた側も、この理論を受け入れるには新しい疑問が大量に生じると認めている。

    それでも、完全に否定はせず、ひとまず心を開いておくべきだ、と書いている。

    ソ連製レーダーと高高度飛行

    6ページ目には、ソ連製レーダー装置に関する情報が記録されている。

    ある人物は、Kholomla飛行場の近くに、ソ連製のレーダー装置があることを知っていた。

    それは「Redut」と呼ばれるタイプであるとされる。

    文書によれば、その人物はこの装置の運用に訓練されていた可能性があるが、確実ではない。

    彼は1948年10月に演習でこの装置を使い、距離150キロメートル、高度12,000メートル付近で対象を捕捉したと述べている。

    訓練後に3,000メートルまで上昇し、再び装置で捕捉されたという。

    ただし、最大射程は150キロメートルと考えており、それ以上の距離での訓練飛行は行われていなかったためだと説明している。

    この部分は直接UFO目撃ではない。

    しかし、未確認飛行物体をめぐる1948年の情報文書の中に、ソ連製レーダー、飛行場、訓練、航空機運用に関する情報が一緒に含まれていることが重要である。

    UFO問題は、最初から冷戦の情報戦と隣り合わせだった。

    ロシア側がレーダー管を大量購入しようとしていた

    7ページ目には、別の短い情報項目がある。

    CIC(※対諜報部隊)情報源によれば、ロシア側は外国にあるCSRミッションに対し、費用に関係なく大量のレーダー管を購入するよう命じていたという。

    さらに、完全なレーダー装置も購入するよう指示されていた。

    評価は「C-3」と記されている。

    これも一見するとUFOから離れた情報に見える。

    しかし、未確認航空機、空飛ぶ円盤、スウェーデンの湖の物体、ソ連レーダー、レーダー部品調達が同じ情報報告の中に並んでいること自体が、1948年の空気をよく表している。

    空にある正体不明のものは、自然現象かもしれない。

    新型航空機かもしれない。

    外国の秘密技術かもしれない。

    そして、その判断にはレーダーや航空情報、軍事情報が不可欠だった。

    1948年の米空軍は何を恐れていたのか

    この資料を読むと、米空軍が恐れていたのは「宇宙人」そのものではなかったように見える。

    むしろ、もっと現実的な不安がある。

    正体不明の航空機がいる。

    通常のジェット機より高性能に見える。

    欧州各地で空飛ぶ円盤の報告が続いている。

    スウェーデン情報部は、それを未知の高度技術かもしれないと考えている。

    ソ連はレーダー技術やレーダー部品に関心を示している。

    そして冷戦はすでに始まっている。

    この状況で、未確認飛行物体は単なる怪談では済まない。

    それが敵国の技術なら、安全保障上の重大問題である。

    それが未知の技術なら、さらに大きな問題である。

    それが誤認や自然現象であっても、報告が多発するなら、情報機関はそれを整理しなければならない。

    “空飛ぶ円盤”は、冷戦初期の情報戦の中にあった

    この文書は、UFOの正体を明かすものではない。

    オランダ沖の未確認航空機が何だったのか、スウェーデンの湖に何が落ちたのか、ノイビーベルク上空の空飛ぶ円盤が何だったのか、最終的な答えは示されていない。

    だが、非常に重要なことを示している。

    1948年の米空軍は、空飛ぶ円盤や未確認航空機の報告を、情報収集・技術評価・冷戦安全保障の文脈で扱っていた。

    それは、笑い話ではなかった。

    各国の空軍情報部、欧州軍司令部、レーダー、ソ連、未知の航空技術。

    そうした要素の中に、UFO報告は置かれていた。

    現代のUAP問題を考えるとき、この文書はかなり示唆的である。

    UAPとは、単に「空に変なものが見えた」という話ではない。

    それは、観測、識別、軍事技術、情報共有、そして国家安全保障の問題として扱われる。

    1948年のこの報告書は、その構図がすでに戦後まもない時期に存在していたことを示している。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    1948年11月付けの、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する空軍情報報告書。

    アセットファイル名:341_110448_Records_Relating_to_the_Collection_and_Dissemination_of_Intelligence_1948-1955-TS_CONT_No.2_2-5300-2-5399

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:1948年11月8日

    事件発生場所:オランダ

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1:最高機密ファイル表紙

    分類:TOP SECRET(※最高機密) / Security Information(※安全保障情報)

    宛先:Directorate of Intelligence, Headquarters, U.S. Air Force, Washington 25, D.C.(※米空軍本部 情報局)

    すべての文書は、最高機密管理番号に従って番号順に保管されている。

    ページ2:カバーシート

    日付:1948年11月8日

    分類:TOP SECRET(※最高機密)

    差出:AFOIR-CO

    要約:TT #1524からの抜粋。D/I、HQ USAFからA-2、USAFEへ。

    備考欄には、情報用として提出されたこと、各項目が関係部門に配布されたことが記されている。

    ページ3:欧州軍司令部の特殊情報組織に関する報告

    日付:1948年11月4日

    宛先:Gen Cabell

    分類:SECRET(※秘密)

    欧州軍司令部の特殊情報組織が設立以来作成してきたすべての報告一式を入手した。

    これらの報告を確認と最終処理のために転送する。

    これらの報告を精査することは、この組織に空軍予算を割り当てる議論に重みを与えるだろう。

    ただし、これらの報告の多くは受け取ったまま転送されたものであるため、利用には注意すること。

    ページ4:オランダ西方沖の未確認航空機目撃

    日付:1948年11月4日

    分類:CONFIDENTIAL(※機密)

    差出:OI OB

    以下の未確認航空機目撃報告は、Operation Dagger(※ダガー作戦)に参加していた307th Bomb Group(※第307爆撃群)から来たものである。

    未確認航空機は、1948年9月5日14時02分、オランダ西方沖、位置5155N/0355Eで、第307爆撃群の3つの搭乗員によって目撃された。

    すべての航空機の高度は3万フィートだった。

    最初に目撃されたとき、未確認航空機は通常のジェット速度で巡航しており、方位120度へ向かっていた。

    最初に目撃された直後、その航空機は煙の跡と凝結跡を残し始め、突然加速し、その後上昇した。

    観測者たちは概ね、それが単一のジェット推進航空機であり、おそらくロケット補助を使用していたと考えた。

    その機体には、1947年型の通常ジェット機の巡航速度を超える、非常に大きな余剰出力があるように見えた。

    識別可能な範囲には入らなかった。

    その針路から目的は分からなかった。

    この報告に対する評価はB-2である。

    ページ5:欧州で続く空飛ぶ円盤報告とスウェーデン側の見解

    日付:1948年11月4日

    分類:TOP SECRET(※最高機密)

    差出:OI OB

    しばらくの間、われわれは空飛ぶ円盤に関する繰り返しの報告に懸念を抱いてきた。

    それらの報告は周期的に現れ続けている。

    先週には、ノイビーベルク空軍基地上空で1件が観測され、約30分間旋回していた。

    報告は非常に多くの情報源から、非常に多様な場所から寄せられており、無視することはできず、何らかの根拠に基づく説明が必要である。

    ただし、その説明は、現在のわれわれの情報思考の範囲をやや超えているかもしれない。

    この情報局の士官たちが最近スウェーデン空軍情報部を訪問した際、この問題をスウェーデン側に尋ねた。

    スウェーデン側の回答は、信頼でき、技術的に十分な資格を持つ人々が、これらの現象は明らかに高度な技術の結果であり、地球上の既知の文化に帰することはできないという結論に達している、というものだった。

    したがって彼らは、これらの物体が、これまで知られていない、または未確認の技術、場合によっては地球外に由来する可能性があると考えている。

    これらの物体のひとつは、スウェーデンの技術専門家によって、自宅近くの湖のほとりで観測された。

    その物体は湖に墜落、または着水したとされ、観測者は自分の観測地点から見た方位を注意深く記録していた。

    スウェーデン情報部はその観測に十分な信頼を置き、海軍の引き揚げチームを湖に派遣した。

    米空軍士官の訪問中も作業は進行中だった。

    潜水夫たちは、湖底に、これまで図示されていなかったクレーターを発見した。

    それ以上の情報はまだないが、結果について知らせると約束されている。

    彼らの見解では、観測は信頼できるものであり、現在の水路図に載っていない湖底のくぼみは、実際に空飛ぶ円盤によって作られたものである。

    この物体の起源に関するこの理論を受け入れることは、まったく新しい疑問群を生じさせ、われわれの考え方の多くを変えることになる。

    それでも、われわれはこのいささか壮大な理論を完全には否定せず、当面はこの問題について心を開いておくつもりである。

    ページ6:ソ連製レーダー装置と飛行場情報

    分類:TOP SECRET(※最高機密)

    情報源は、Kholomla飛行場近く、町から北西約5キロメートルにあるソ連製レーダー装置について知っている。

    この装置は「Redut」と呼ばれるタイプである。

    情報源は、この装置を運用するよう割り当てられた人員を知っていると考えているが、確実ではない。

    彼の連隊は、1947年春にKholomlaに最初に到着して以来、この装置を操作する訓練飛行を行っていた。

    彼の航空機は1948年10月に演習中、距離150キロメートル、高度12,000メートルでこの装置に捕捉された。

    指示に従い、彼は3,000メートルまで上昇し、再び装置に捕捉された。

    彼は、この装置はPVO(※防空軍)全体で使用されており、最大射程は150キロメートルだと考えている。

    なぜなら、それ以上の距離での訓練飛行は行われたことがなかったからである。

    さらに、TU-2の機体後部に設置されたIFF(※敵味方識別装置)に関する記述がある。

    この装備は1947年に彼の連隊の全機体に再搭載されたが、数日の試験の後に取り外された。

    結果は満足できるものだったと理解されている。

    Kholomla飛行場については、現在は滑走路らしき平地にすぎず、600メートル×1400メートルの舗装滑走路が飛行場北側境界の外に建設中であるとされる。

    飛行場には現在設備がなく、航空機は露天に駐機され、燃料はKholomlaの町からタンク車で運ばれている。

    TU-2は、3名の乗員だけで到着し、通常の背部銃塔機銃手の席には誰もいなかった。

    情報源は、TU-2がモスクワの工場で製造されたと考えており、機体の銘板には第19工場で製造されたと記されていた。

    さらに詳細な報告は、操縦士と航法士への尋問に基づいて作成中であり、今後1〜2週間でさらに多くの詳細が得られる見込みである。

    ページ7:ロシア側によるレーダー機材調達

    日付:1948年11月4日

    分類:SECRET(※秘密)

    CIC(※対諜報部隊)情報源は、ロシア側が外国にあるCSRミッションに対し、費用に関係なく大量のレーダー管を購入するよう命じたと報告している。

    ミッションはまた、完全なレーダー装置を購入するよう指示されていた。

    評価はC-3である。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「341_110448_records_relating_to_the_collection_and_dissemination_of_intelligence_1948-1955-ts_cont_no.2_2-5300-2-5399.pdf」

  • ジェミニ7号が見た“ボギー”──NASA通信記録に残された1965年のUFO目撃

    事件発生日:1965年12月5日

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:低軌道

    公開元:NASA

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:NASA-UAP-D3、ジェミニ7号の記録、1965年

    出典:U.S. Department of War「NASA-UAP-D3, Gemini 7 Transcript, 1965」 / 255_t_763_r1b_transcripts.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、NASAのジェミニ7号に関する通信記録を公開した。

    今回の資料は「NASA-UAP-D3, Gemini 7 Transcript, 1965」。日本語でいえば、「NASA-UAP-D3、ジェミニ7号の記録、1965年」である。

    ジェミニ7号は、アメリカで10回目の有人宇宙飛行だった。搭乗していたのは、フランク・ボーマンとジェームズ・“ジム”・ラヴェル。

    この文書には、宇宙船ジェミニ7号と、テキサス州ヒューストンの有人宇宙船センター、現在のジョンソン宇宙センターとの通信記録が含まれている。

    そして、その冒頭に出てくる言葉が強い。

    「ボギー」。

    当時、正体不明の航空機や対象を指す言葉として使われた表現である。

    「10時方向、高くにボギー」

    通信記録では、まずジェミニ7号側がヒューストンに呼びかける。

    ヒューストンが「大きく明瞭に聞こえる、続けて」と返すと、宇宙船側はこう報告する。

    「10時方向、高くにボギーがある」。

    ヒューストンは聞き返す。

    「こちらヒューストン、もう一度」。

    ボーマンは再び答える。

    「10時方向、高くにボギーがある」。

    ヒューストンは、それがブースターなのか、それとも自然の目撃なのかを確認しようとする。

    しかし、ボーマンはそこで別のものにも言及する。

    「こちらにデブリがある。これは実際の目撃だ」。

    ここで話は、単純な“ひとつの物体”から、周囲に広がる粒子群へと変わっていく。

    数百個の小さな粒子

    ボーマンは、周囲に「非常に多くの」粒子があると説明する。

    それは「数百個の小さな粒子」のように見え、宇宙船の左側を通過していったという。

    ヒューストンは距離を尋ねる。

    ボーマンは、途中で聞き取りにくい部分を挟みながら、およそ4マイルと答えている。

    さらに、それは90度の角度で進む経路のように見えるとも述べている。

    ヒューストンは、その粒子群がおよそ3〜4マイル離れていると理解した。

    宇宙船の周囲に、何百もの小さな粒子があり、それが左側を通過していく。

    この時点で、目撃対象は単なる一点の光ではなく、宇宙空間に広がるデブリフィールドのようなものとして認識されていた。

    ブースターも視認されていた

    通信記録では、ボーマンやラヴェルがブースターについても話している。

    ボーマンは、ブースターも視界に入っていると報告する。

    ヒューストンは、それならブースターを見ているのだと理解する。

    その後、ラヴェルが発言する。

    「ブースターは自分の側にある」。

    そして、その見え方をこう説明する。

    「太陽に照らされた輝く物体で、黒い背景に何兆もの粒子が付着している」。

    宇宙空間ならではの描写である。

    黒い背景、太陽に照らされる物体、そこにまとわりつく無数の粒子。

    地上のUFO目撃とはまったく違う、低軌道上の異様な光景が記録されている。

    未確認物体、粒子、ブースターは同じものだったのか

    この記録の読みどころは、ヒューストン側が何を確認しようとしていたかにある。

    彼らは、ボーマンが言った「ボギー」が、ブースターなのか、粒子なのか、それとも第3の未確認物体なのかを整理しようとしている。

    記録の末尾近くでは、PAO(※広報担当官)のコメントとして、この会話における「第3の未確認物体」がボギーであり、ボギーについて複数回の言及があったと説明されている。

    つまり、単純に「ブースターを見間違えた」とだけ片づけているわけではない。

    少なくとも通信記録の整理上は、ブースター、粒子、そして未確認物体が区別されうるものとして扱われている。

    もちろん、それが異星人の乗り物を意味するわけではない。

    宇宙船周辺のデブリ、ブースター、反射、視覚的錯覚、軌道上の既知物体など、考えられる可能性はいくつもある。

    しかし、当時の通信記録には、宇宙飛行士が何かを見て、ヒューストンがそれを確認しようとした生々しいやり取りが残されている。

    手書きメモに残された「UFO Sighting by Borman」

    このPDFには、タイプされた通信記録だけでなく、手書きのメモも含まれている。

    その右上には、「UFO Sighting by Borman」と読める注記がある。

    日本語にすれば、「ボーマンによるUFO目撃」である。

    この手書きメモは、タイプされた通信記録とほぼ同じやり取りを追っている。

    「10時方向、高くにボギー」

    「こちらにデブリがある」

    「数百個の小さな粒子」

    「3〜4マイル」

    「ブースターは自分の側にある」

    「黒い背景に何兆もの粒子」

    こうした言葉が、手書きで残されている。

    タイプされた公式記録と、手書きの整理メモが一緒に残っていることで、この出来事が単なる雑談ではなく、後から確認・整理された対象だったことが分かる。

    これは宇宙人の証拠ではない

    この資料は、宇宙人の存在を証明するものではない。

    また、ジェミニ7号が明確に地球外生命体の乗り物を見たと示すものでもない。

    ただし、宇宙飛行士が軌道上で「ボギー」と呼ぶ未確認対象を報告し、同時にデブリフィールドやブースターの視認についても話していたことは記録されている。

    ここが重要だ。

    UAP(※未確認異常現象)という問題は、いつも派手な結論よりも、観測された事実の切り分けにこそ本質がある。

    何を見たのか。

    どの方向にあったのか。

    距離はどのくらいか。

    ブースターと同一なのか。

    粒子群とは別なのか。

    それとも、複数の視覚要素が重なって「ボギー」と認識されたのか。

    この通信記録は、その問いを1965年の低軌道から投げかけている。

    低軌道の“未確認”

    地上でのUFO目撃とは違い、ジェミニ7号のケースでは舞台が宇宙空間である。

    周囲にはブースターがあり、粒子があり、太陽光があり、黒い宇宙背景がある。

    そこでは、地上とは異なる見え方が生まれる。

    小さな粒子でも太陽光を受ければ強く光る。

    距離感もつかみにくい。

    黒い背景の中では、無数の反射粒子が、異様な光景を作る。

    だからこそ、この目撃は一筋縄ではいかない。

    「宇宙飛行士がUFOを見た」と言えば派手だが、実際の通信記録にはもっと複雑な状況がある。

    ボギー、ブースター、デブリ、粒子、距離、方向、太陽光。

    それらが重なった、低軌道上の未確認体験。

    この資料の面白さは、そこにある。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    ジェミニ7号は、アメリカで10回目の有人宇宙飛行だった。

    この文書は、飛行クルーである宇宙飛行士のジェームズ・“ジム”・ラヴェルとフランク・ボーマン、そしてテキサス州ヒューストンの有人飛行センター、現在のジョンソン宇宙センターとの間の通信記録である。

    記録は、ボーマンによる「ボギー」、当時、正体不明の航空機を指す用語と、デブリフィールドの報告から始まる。

    ボーマンはデブリフィールドを「非常に多くの……数百個の小さな粒子」で構成されていると説明し、粒子が宇宙船から4マイル離れていると推定した。

    ラヴェルは、「黒い背景に何兆もの粒子が付着した、太陽に照らされた輝く物体」を目撃したと述べている。

    この文書には、遭遇を記録した手書きのメモも含まれており、右上隅に「ボーマンによるUFO目撃」という注釈が付けられている。

    アセットファイル名:NASA-UAP-D3、ジェミニ7号の記録、1965年

    公開日:2026年5月8日

    機関:NASA

    事件発生日:1965年12月5日

    事件発生場所:低軌道

    文書の種類:PDF

    ページ1:タイプされた通信記録

    テープ番号:T-00763(R1b)

    件名:GT-7/6飛行のPAO(※広報担当官)公開解説

    PAO:それ以来、こちら管制センターのマスターテープから録音を複製しました。これから再生する準備ができています。このテープには、粒子の目撃だけでなく、未確認物体への言及、さらにブースターへの言及も含まれています。では、これからそのテープを再生します。

    宇宙船:ジェミニ7、こちらヒューストン。どう聞こえるか。

    ヒューストン:大きく明瞭に聞こえる、セブン。続けて。

    宇宙船:ボーマン:10時方向、高くにボギーがある。

    ヒューストン:こちらヒューストン、もう一度、セブン。

    宇宙船:ボーマン:10時方向、高くにボギーがあると言った。

    ヒューストン:了解、ジェミニ7。それはブースターか、それとも自然の目撃か。

    宇宙船:何だって?

    ヒューストン:もう一度、セブン。

    宇宙船:ボーマン:こちらにデブリがある。これは実際の目撃だ。

    ヒューストン:何か追加情報はあるか。距離や大きさを推定できるか。

    宇宙船:ボーマン:ブースターも視界に入っている。

    ヒューストン:了解。ブースターも視界に入っているのだな。了解。

    宇宙船:ボーマン:非常に多くの……数百個の小さな粒子が、左側を通過していくように見える。3マイルか4マイルほどの距離だ。

    ヒューストン:多数の小さな粒子が左側を通過している。距離はどれくらいか。

    宇宙船:ボーマン:……聞き取り不能……4マイル。ああ、およそ……聞き取り不能……90度の経路のように見える。

    ヒューストン:了解。およそ3〜4マイル離れていると理解した。

    宇宙船:ボーマン:それらは通過した。いま極軌道に入っていく。

    ヒューストン:了解。3〜4マイル離れていたと理解した。

    宇宙船:そのように見えた。了解。

    ヒューストン:ジェミニ7、こちらヒューストン。その粒子は、ブースターと10時方向高くのボギーに加えて見えたものか。

    宇宙船:ラヴェル:了解。ブースターは自分の側にある。黒い背景の太陽の中で輝く物体で、その上に何兆もの粒子が付着している。

    ヒューストン:了解。それはあなたから見てどの方向にあるか。

    宇宙船:ラヴェル:自分の2時方向あたりだ。

    ヒューストン:それはあなたの前方という意味か。

    宇宙船:ラヴェル:われわれの前方、2時方向で、ゆっくりタンブリングしている。

    ヒューストン:了解。

    PAO:長い間。二重送信。

    PAO:こちらは再びジェミニ管制です。この会話における第3の未確認物体への言及は、もちろんボギーのことでした。ボギーについては複数回の言及がありました。飛行開始から4時間24分時点でのことです。こちらはジェミニ管制です。

    ページ2〜4:手書きメモ

    注記:手書きメモ右上には「UFO Sighting by Borman」、つまり「ボーマンによるUFO目撃」と記されている。

    この手書きメモは、タイプされた通信記録とほぼ同じ内容を追記したものである。

    冒頭には、マスターテープを複製し、粒子だけでなく未確認物体、さらにブースターへの言及を含むテープを再生する、というPAO(※広報担当官)の説明が書かれている。

    その後、ジェミニ7号とヒューストンの交信として、以下の内容が記録されている。

    ジェミニ7号は、ヒューストンに通信状態を確認する。

    ヒューストンは、大きく明瞭に聞こえると返答する。

    ボーマンは、10時方向高くにボギーがあると報告する。

    ヒューストンは聞き返し、ボーマンは再び、10時方向高くにボギーがあると述べる。

    ヒューストンは、それがブースターなのか、それとも自然の目撃なのかを尋ねる。

    ボーマンは、こちらにデブリがあり、これは実際の目撃だと述べる。

    ヒューストンは、距離や大きさを推定できるか尋ねる。

    ボーマンは、ブースターも視界にあると答える。

    ボーマンは、非常に多くの小さな粒子が左側を通過していくように見えると述べる。

    それらは3〜4マイルほど離れていると推定される。

    さらに、聞き取りにくい部分を挟みながら、4マイルほど、そして90度の経路のように見えるという記録がある。

    ヒューストンは、それらが3〜4マイル離れていると理解したと確認する。

    ボーマンは、それらは通過し、極軌道に入っていくと述べる。

    ヒューストンは、粒子がブースターと10時方向高くのボギーに加えて見えたものなのか確認する。

    ラヴェルは、ブースターが自分の側にあると述べる。

    ラヴェルは、それを「黒い背景の太陽の中で輝く物体で、その上に何兆もの粒子が付着している」と説明する。

    ヒューストンが方向を尋ねると、ラヴェルは、自分の2時方向あたりだと答える。

    ヒューストンは、それが前方かどうかを確認する。

    ラヴェルは、われわれの前方、2時方向で、ゆっくりタンブリングしていると述べる。

    最後にPAO(※広報担当官)は、この会話における第3の未確認物体への言及はボギーのことであり、ボギーについて複数回の言及があったと説明している。

    この出来事は、飛行開始から4時間24分時点のものと記録されている。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「255_t_763_r1b_transcripts.pdf」

  • 1947年、米軍は“空飛ぶ円盤”をどう見ていたのか──航空資材司令部が残した初期UFO調査メモ

    1947年、米軍は“空飛ぶ円盤”をどう見ていたのか──航空資材司令部が残した初期UFO調査メモ

    事件発生日:1947年12月30日

    文書年代:1947年9月〜12月ごろの覚書・通信文書を含む

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:該当なし

    公開元:戦争省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:18_100754_ 一般 1946-7_Vol_2

    出典:U.S. Department of War「18_100754_ General 1946-7 Vol. 2」 / 18_100754_ general 1946-7_vol_2.pdf

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、1947年の「Flying Discs(※直訳:飛行円盤)」に関する軍文書を公開した。

    今回の資料は「18_100754_ General 1946-7 Vol. 2」。日本語でいえば、「18_100754_ 一般 1946-7 第2巻」である。

    このファイルには、空飛ぶ円盤、あるいは飛行円盤の目撃情報に関する覚書や通信文書が含まれている。

    文書の中心にいるのは、Air Materiel Command(※航空資材司令部)である。

    1947年といえば、現代UFO史の出発点とされる年だ。6月にはケネス・アーノルド事件が起き、その直後から「空飛ぶ円盤」という言葉がアメリカ中に広まっていく。

    このPDFに残されているのは、その熱狂がまだ始まったばかりの時期に、米軍内部で「空飛ぶ円盤」をどう扱うべきかを検討していた痕跡である。

    1947年12月、空飛ぶ円盤は「懸念事項」だった

    PDFの冒頭には、1947年12月30日付の覚書が収録されている。

    件名は「Flying Discs(※直訳:飛行円盤)」。

    差出は、Air Materiel Command(※航空資材司令部)のChief of Intelligence(※情報部長)と読める。

    宛先は、米空軍のChief of Staff(※参謀総長)であり、Research and Development(※研究開発)担当者にも注意が向けられている。

    この覚書では、1947年12月9日にMajor General L. C. Craigieとの間で行われた会話を確認し、さらに「Flying Discs」に関する過去の書簡と添付資料に触れている。

    重要なのは、この現象について、航空資材司令部がまだ十分な情報を集められておらず、情報収集と分析を続ける必要があると述べている点だ。

    つまり1947年末の時点で、空飛ぶ円盤は単なる新聞の流行語ではなく、米軍内部で正式に扱われるべき対象になっていた。

    「空飛ぶ円盤報告の分析」

    2ページ目には、文書管理カードのようなページがある。

    そこには「Analysis of ‘Flying Disc’ Reports」、つまり「『飛行円盤』報告の分析」と読める文字がある。

    日付は1947年12月29日ごろ。

    この時期には、空飛ぶ円盤報告を単発の奇談としてではなく、複数の報告を集めて分析する対象として扱っていたことが分かる。

    ここがこのファイルの面白いところだ。

    現代のUAP(※未確認航空現象)議論では、目撃情報を集め、分類し、パターンを探ることが重要になる。

    しかしその原型のような作業は、すでに1947年の段階で始まっていた。

    「現象は実在し、幻覚ではない」

    このPDFの中でも特に重要なのが、1947年9月23日付の「AMC Opinion Concerning ‘Flying Discs’」、つまり「航空資材司令部による『飛行円盤』に関する見解」である。

    文書は、複数の部門による予備調査を踏まえた意見として、かなり踏み込んだ内容を書いている。

    まず、報告された現象について、こう述べている。

    「その現象は実在するものであり、幻覚的なものでも架空のものでもない」と。

    これは非常に強い表現である。

    もちろん、ここで言う「実在」とは、宇宙人の乗り物だと認めたという意味ではない。

    だが少なくとも、当時の航空資材司令部は、すべてを見間違いや作り話として切り捨てていたわけではなかった。

    何かしらの現象が実際に報告されており、それは調査に値する、と見ていたのである。

    円盤型、金属光沢、無音、超高速

    この1947年9月23日付文書では、報告されている物体の特徴も整理されている。

    判読できる範囲では、共通する特徴として、金属的または光を反射する表面、航跡がないこと、円形または楕円形で、底が平らで上部がドーム状であることなどが挙げられている。

    さらに、いくつかの目撃では編隊飛行が報告されていた。

    通常は音がないが、例外的に大きな轟音のようなものが記録された事例もある。

    水平飛行時の速度は、300ノット以上と推定されている。

    これは、当時の航空機の文脈では無視できない性能である。

    空飛ぶ円盤は、ただ「丸いものが見えた」というだけではなかった。

    形状、表面、音、飛行速度、編隊、航跡の有無など、航空技術上の特徴として整理されていたのである。

    自然現象か、国内開発か、外国の技術か

    文書は、原因としていくつかの可能性を挙げている。

    ひとつは、隕石のような自然現象である。

    しかし、報告されている運動特性の一部は、自然現象では簡単に説明できないとも読める。

    もうひとつは、国内の極秘計画や未知の研究開発である。

    そしてさらに、外国が何らかの飛行形態、あるいは推進方式を持っている可能性にも触れている。

    ここには、1947年という時代背景が色濃く出ている。

    第二次世界大戦は終わったばかりで、ドイツの航空技術、ロケット技術、全翼機、秘密兵器への関心は高かった。

    同時に、冷戦が始まり、ソ連を含む外国勢力が新しい航空技術を持っているのではないかという懸念もあった。

    つまり、空飛ぶ円盤は最初から「宇宙人」の話だけではなかった。

    それは、技術、軍事、情報、そして安全保障の問題でもあった。

    「完全な情報交換」を求める文書

    1947年9月23日付の航空資材司令部見解では、複数の組織にまたがる情報交換の必要性も述べられている。

    陸軍、海軍、原子力委員会、研究開発機関、航空情報機関などから関連するデータを集めるべきだという趣旨が読み取れる。

    また、調査が進むにつれて、完全なデータの相互交換が必要だとも記されている。

    これは現代のUAP問題にも通じる。

    軍、情報機関、航空機関、研究機関が、それぞれ別々に情報を持っていては、全体像が見えない。

    1947年の時点で、すでに同じ課題が認識されていた。

    写真に写った“空飛ぶ円盤”は欠陥だった

    PDFには、写真証拠に関するやり取りも含まれている。

    1947年12月5日付の文書では、ある女性が撮影した写真に写った痕跡について、調査の結果「フィルム、紙、カメラの欠陥であり、飛行円盤の写真ではない」と結論づけられている。

    そのため、この件については、これ以上の調査を行わないよう求めている。

    ここも重要だ。

    米軍はすべてを信じていたわけではない。

    写真が提出されれば調べる。

    そして、欠陥だと判断されれば、そう結論づける。

    このファイルは、空飛ぶ円盤への関心と、証拠の切り分けが同時に行われていたことを示している。

    新聞記事、ナチスの円盤、ホルテン兄弟

    別の文書では、新聞記事の切り抜きが送られている。

    そこには、ドイツでの秘密兵器開発、円盤型航空機、ホルテン兄弟の全翼機などに関する話題が含まれていたようだ。

    1947年11月18日付の文書では、新聞記事の中で紹介された「Saucer」と呼ばれる航空機について、さらなる情報や資格・能力に関するデータを求めている。

    1947年9月24日付の文書では、Horten VIII、Horten IX、Horten Parabolaなど、ホルテン兄弟による航空機関連資料にも触れている。

    つまり、米軍は空飛ぶ円盤を考えるうえで、ドイツの航空技術や全翼機の系譜も参照していた。

    これは非常に自然な流れだ。

    空に見慣れない形状の高速物体が現れたとき、それを「異星人」と直結させるより前に、まず敵国や旧敵国の技術、秘密兵器、実験機の可能性を考える。

    この文書群には、その軍事的な思考がはっきり残っている。

    “空飛ぶ円盤型航空機”への情報要求

    PDFの後半には、「Flying Saucer Type Aircraft」、つまり「空飛ぶ円盤型航空機」に関する情報要求を示す文書がある。

    1947年10月30日付の陸軍航空軍の対応記録で、件名には「Flying Saucer – Phenomenon」と読める。

    さらに、「Intelligence Requirements on Flying Saucer Type Aircraft」、つまり「空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求」と書かれている。

    これは、空飛ぶ円盤が単なる超常現象としてではなく、航空機の一形態である可能性を持つものとして検討されていたことを示す。

    もし円盤型の飛行機が実在するなら、それは誰が開発しているのか。

    どんな推進方式なのか。

    どんな軍事的意味を持つのか。

    1947年の米軍にとって、それは当然の関心事だった。

    ラスベガス訪問中の「General Brentnall」関連文書

    末尾には、1947年10月13日付の文書も含まれている。

    そこでは、General Brentnallがニューメキシコ州アルバカーキの第16作戦連絡部隊を訪問していた際、Mrs. Merchantという人物が「飛行円盤」に関する知識を持っていると聞いた、という内容が記録されている。

    文書によれば、Mrs. Merchantは、飛行円盤がネバダ州ラスベガス近郊の離着陸場から発射されているという説を持っていたとされる。

    また、それが中央メキシコの場所から発射され、ニューメキシコ州ロスアラモスの重要な原子力施設を目撃・観察する目的で飛んでいた、という主張も記録されている。

    もちろん、文書はこの主張を事実と認定しているわけではない。

    むしろ、情報を確認するために、必要なら本人と接触して聞き取りを行うべきだという実務的な文脈で書かれている。

    だが、ここにも1947年の空気がある。

    空飛ぶ円盤、原子力施設、秘密の発射場、外国勢力、謎の航空機。

    それらが、まだ整理されないまま一つの不安として絡み合っていた。

    このファイルが示すもの

    このPDFは、宇宙人の存在を証明する文書ではない。

    また、1947年に米軍が空飛ぶ円盤の正体をつかんでいたことを示すものでもない。

    しかし、非常に重要なことを示している。

    それは、1947年の段階で、米軍が空飛ぶ円盤を「調査に値する現象」として扱っていたということだ。

    報告を集める。

    写真を調べる。

    自然現象の可能性を考える。

    国内の秘密開発を疑う。

    外国の技術を警戒する。

    関係機関で情報を共有しようとする。

    そして、円盤型航空機という発想まで視野に入れる。

    ここには、現代のUAP調査につながる原型がすでにある。

    “空飛ぶ円盤”は最初から安全保障の問題だった

    空飛ぶ円盤という言葉には、どこかレトロで、少し滑稽な響きがある。

    だが、1947年の米軍文書を読むと、それは決して単なる笑い話ではなかったことが分かる。

    見慣れない形の飛行物体が報告される。

    速度が速い。

    音がしない。

    航跡がない。

    編隊を組んでいる。

    原子力施設や軍事施設との関係が疑われる。

    そのとき軍が考えるのは、「誰が飛ばしているのか」「技術的に可能なのか」「安全保障上の脅威なのか」ということだ。

    この文書は、その思考の出発点を記録している。

    1947年、空飛ぶ円盤は、空想と軍事技術と冷戦初期の不安が交差する場所にあった。

    そしてその交差点こそが、のちのUFO、さらに現代のUAP問題へとつながっていく。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    このファイルには、空飛ぶ円盤/円盤の目撃情報に関する覚書や通信文書が含まれており、それらは航空資材司令部にとって懸念事項である。

    アセットファイル名:18_100754_ 一般 1946-7_Vol_2

    公開日:2026年5月8日

    機関:戦争省

    事件発生日:1947年12月30日

    事件発生場所:該当なし

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1:航空資材司令部から米空軍参謀総長への覚書

    日付:1947年12月30日

    件名:Flying Discs(※直訳:飛行円盤)

    差出:Headquarters Air Materiel Command(※航空資材司令部)

    宛先:Chief of Staff, United States Air Force(※米空軍参謀総長)

    1947年12月9日に行われたMajor General L. C. Craigieとの会話を確認し、Flying Discs(※飛行円盤)に関する過去の書簡を添付する。

    航空資材司令部のコメントは空軍本部に受け取られていないが、収集と分析のための情報をさらに得る必要がある。

    この件は航空資材司令部、情報部にとって継続的な関心事項である。

    ページ2:文書管理カード

    件名:Analysis of “Flying Disc” Reports(※「飛行円盤」報告の分析)

    1947年12月ごろの文書管理カード。

    「飛行円盤」報告の分析に関する資料として扱われていたことが分かる。

    ページ3:飛行円盤に関する覚書

    日付:1947年12月30日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    この文書では、飛行円盤に関する複数の覚書や書簡が参照されている。

    空軍の方針として、すべての目撃や現象に関するデータが収集・照合・評価されるべきであり、その性質に関する情報が整えられるべきだという趣旨が述べられている。

    航空資材司令部は、適切な勧告を行うためには十分な情報が必要であるとしている。

    ページ4:写真の痕跡に関する判断

    日付:1947年12月5日付文書への第1回裏書、1947年12月22日

    件名:Flying Disc(※飛行円盤)

    写真に写った痕跡は、フィルム、紙、またはカメラの欠陥によるものと考えられ、飛行円盤の写真ではないと判断されている。

    この件については、これ以上の調査を行わないよう求められている。

    ページ6:女性が撮影した写真に関する報告

    日付:1947年12月5日

    差出:Headquarters Fourth Air Force, Hamilton Field, California

    件名:Flying Disc(※飛行円盤)

    Mrs. Herronが1946年11月5日から12月12日の間に撮影した写真5枚が転送された。

    写真には空に見える点状または線状のものが写っているとされる。

    初見では、これらはフィルムまたはカメラの欠陥の可能性があるとされ、飛行円盤の確認例ではないと判断されている。

    Mrs. Herronはネガの返却を求めており、必要であれば写真室でネガを入手して返送するよう求めている。

    ページ7:新聞記事と未確認航空機への情報要求

    日付:1947年11月18日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    Dayton Journalに掲載された「Saucer」と呼ばれる航空機に関する新聞記事の切り抜きが添付されている。

    記事では、戦時中にドイツで開発された武器や、新たな推進方式に関する話題が扱われていたとされる。

    記事に登場する人物や航空機について、さらなる情報が求められている。

    ページ8:新聞切り抜きに関する通信

    日付:1947年11月24日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    1947年11月18日付の通信に関する返答で、同封された新聞記事は適切に扱うため、航空技術情報部門へ転送されるべきだと述べられている。

    ページ9〜14:航空資材司令部による「飛行円盤」に関する見解

    日付:1947年9月23日

    件名:AMC Opinion Concerning “Flying Discs”(※航空資材司令部による「飛行円盤」に関する見解)

    この文書は、T-3、航空機研究所、工学部門、さらにT-3の動力装置・プロペラ研究所などの人員による予備調査に基づく見解として提出されている。

    文書は、以下のような見解を示している。

    第一に、報告された現象は実在するものであり、幻覚的なものでも架空のものでもない。

    第二に、円盤のような形状を持ち、人間が作った航空機ほどの大きさに見える物体が存在する可能性がある。

    第三に、いくつかの事例は隕石のような自然現象によって引き起こされた可能性がある。

    第四に、報告されている運動特性には、極端な上昇率、機動性、特に横転動作などが含まれる。これらは友軍機やレーダーによって目撃・接触された場合、回避行動とみなされる可能性がある。

    文書には、物体の共通する特徴として、以下のような記述がある。

    • 金属的、または光を反射する表面
    • 通常は航跡がない。ただし、対象が高性能条件下で運用されている場合を除く
    • 円形または楕円形で、底が平ら、上部がドーム状
    • 複数の報告で、3機から9機の編隊飛行が確認されている
    • 通常は音がないが、3件では大きな轟音が記録されている
    • 水平飛行時の速度は300ノット以上と推定される

    また、文書は、これらの物体が米国内の極秘計画または未知の研究開発に由来する可能性、あるいは外国が何らかの飛行形態や推進方式を持っている可能性についても検討している。

    さらに、調査を優先事項として進め、陸軍、海軍、原子力委員会、研究開発機関などとの情報交換を行うことを推奨している。

    ページ15〜16:ホルテン兄弟と円盤型・全翼機関連資料

    日付:1947年9月24日

    件名:Flying Disc(※飛行円盤)

    この文書では、風洞試験用の図面や、Royal Aircraft Establishment(※英国王立航空研究所)による報告が添付されていると記されている。

    対象には、Horten VIII、Horten IX、Horten Parabolaなど、ホルテン兄弟による航空機関連資料が含まれている。

    文書は、ドイツの航空技術や全翼機、円盤型航空機の可能性について情報を収集していたことを示している。

    ページ17:空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求

    日付:1947年10月30日

    件名:Flying Saucer – Phenomenon(※空飛ぶ円盤現象)

    概要:Intelligence Requirements on Flying Saucer Type Aircraft(※空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求)

    陸軍航空軍本部の対応記録であり、空飛ぶ円盤型航空機に関する情報要求として整理されている。

    ページ18:Mrs. Merchantへの聞き取りに関する文書

    日付:1947年10月28日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    General Brentnallが、Mrs. Merchantから「飛行円盤」に関する発言を聞いたことに関する通信。

    Mrs. Merchantを尋問するための措置を取るよう求められている。

    ページ19〜20:Mrs. Merchantの主張に関する詳細

    日付:1947年10月13日

    件名:Flying Discs(※飛行円盤)

    General Brentnallがニューメキシコ州アルバカーキの第16作戦連絡部隊を訪問中、Mrs. H. Merchantという人物から「飛行円盤」に関する情報を得たことが記録されている。

    文書によれば、Mrs. Merchantは、飛行円盤がネバダ州ラスベガス近くの離着陸場から発射されていると主張していた。

    また、円盤は中央メキシコのある場所から発射され、ニューメキシコ州ロスアラモスの重要な原子力施設を目撃・観察するために使われている、という趣旨の主張も記録されている。

    文書は、この主張を事実として認定しているわけではないが、本人に接触して情報を確認することを求めている。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「18_100754_ general 1946-7_vol_2.pdf」

  • FBIが保管していた“空飛ぶ円盤”ファイル──1966年、UFOブームと市民団体をめぐる奇妙な記録

    FBIが保管していた“空飛ぶ円盤”ファイル──1966年、UFOブームと市民団体をめぐる奇妙な記録

    事件発生日:該当なし

    文書年代:1947年6月〜1968年7月の記録を含むFBI事件ファイルの一部

    主な収録時期:1966年

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:該当なし

    公開元:FBI

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10

    出典:U.S. Department of War「65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10」 / 65_hs1-834228961_62-hq-83894_section_10.pdf

    この資料の全文翻訳へ移動する


    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、FBIのUFO関連事件ファイルを公開した。

    今回の資料は「65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10」。FBIの事件ファイル番号「62-HQ-83894」に属する文書の一部である。

    この事件ファイルには、1947年6月から1968年7月までに記録された未確認飛行物体、いわゆる「空飛ぶ円盤」に関する捜査記録、目撃証言、公開報告書、新聞記事、民間団体資料などが含まれている。

    今回のPDFは20ページ構成で、主に1966年の資料が目立つ。

    J・エドガー・フーヴァー名義の返信書簡、UFO愛好家団体の大会資料、「Flying Saucers International」という会報、新聞切り抜き、そしてFBI内部メモ。

    そこにあるのは、単なるUFO目撃談ではない。

    1960年代のアメリカで、空飛ぶ円盤というテーマが、市民団体、出版物、新聞、政治的疑念、FBIの記録管理の中にどう入り込んでいたのかを示す資料である。

    FBIの“空飛ぶ円盤”事件ファイル

    この資料の表紙には、FBI中央記録センターのラベルとともに「62-HQ-83894」「Section 10」と記されている。

    ファイルには「Serials 448-」という管理表示も見える。

    つまり、これは単発の文書ではなく、長く蓄積されたFBIのUFO関連ファイルの一部である。

    出典元の説明によれば、この事件ファイルには、1947年6月から1968年7月の間に記録された、未確認飛行物体および空飛ぶ円盤に関する捜査記録、目撃証言、公開報告書が含まれている。

    FBIの保管庫では一部公開されていたものの、今回掲載されているものは、より完全に近い事件ファイルであり、新たに機密解除されたページと、わずかな黒塗りのみを含むものと説明されている。

    J・エドガー・フーヴァーからの返信

    PDFの序盤には、1966年9月6日付の書簡が収録されている。

    差出人はFBI長官J・エドガー・フーヴァー。宛先はニューハンプシャー州ゴフスタウンのMrs. Levi J. Dowである。

    内容は、彼女が送った1966年8月31日付の手紙と同封物に対する返信だ。

    フーヴァーは、FBIが連邦政府の厳密な捜査機関であり、飛行物体の調査については結論を出していない、という趣旨の回答をしている。

    そして、同封された内容は記録として残すと述べている。

    注記には、FBIのファイルには「Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)」に関する記録はない、という趣旨の記載も見える。

    ここが面白い。

    市民から送られてきた空飛ぶ円盤関連の資料に対して、FBI長官名義で形式的に返答しつつ、同時に内部では、その団体が記録上どう扱われているかが確認されている。

    市民の手紙ににじむ“UFO団体への不安”

    続いて収録されているのは、Mrs. Florence C. Dowによる1966年8月31日付の手紙である。

    彼女は、自分が「Nicap」に関心を持っていると書いている。NICAP(※全米空中現象調査委員会)は、当時の有名なUFO研究団体である。

    手紙の内容からは、彼女がUFOそのものだけでなく、UFO関連団体の背後にある思想や政治的影響を気にしていたことがうかがえる。

    彼女は、同封された資料を読み、そこに共産主義的な影響があるのではないかと懸念しているように読める。

    1966年のアメリカである。

    空飛ぶ円盤は、単なる空の謎ではなかった。

    冷戦、共産主義への警戒、市民団体への疑念、政府機関への問い合わせ。そうした時代の空気の中で、UFOというテーマが扱われていた。

    空飛ぶ円盤クラブの大会資料

    PDFの中盤には、AFSCA(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)の大会資料が収録されている。

    資料には「3rd National Flying Saucer Convention」とあり、開催地はネバダ州リノ。日程は1966年7月8日、9日、10日と読める。

    会場はCentennial Coliseum。

    大会資料には、講演者、研究者、展示、写真、空飛ぶ円盤関連の出版物などが掲載されている。

    そこには、当時のUFO文化の熱気がある。

    ただの目撃談だけではない。大会があり、会報があり、講演者がいて、参加登録用紙があり、販売される出版物があり、写真や新聞記事の切り抜きがある。

    1960年代のUFOブームは、すでにかなり組織化された市民文化になっていた。

    「Flying Saucers International」という会報

    PDFには「Flying Saucers International」と題された会報のページも含まれている。

    発行主体はAmalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)。

    1966年7月号で、価格は50セントと表示されている。

    表紙には、森の上空を飛ぶ円盤状の物体の写真またはイラストが大きく掲載されている。

    中面には、各地の目撃談、新聞記事、研究者の文章、大会関連情報などが詰め込まれている。

    まるでUFO版の業界誌である。

    読者は単に「空に変なものを見た」という人々だけではない。

    研究者、愛好家、講演者、団体運営者、そして疑念を持つ市民たちが、このメディア空間の中でつながっていた。

    新聞切り抜きが示す“空飛ぶ円盤の時代”

    PDFには、多数の新聞切り抜きも収録されている。

    見出しには「Tracked by Radar」「UFOs Sighted Over Wide Section of District」「Six Teens Tell of Chase by Buzzing, Lighted UFOs」「Flying Saucers Are Poppin’ Up All Over」「Civil Defense Director Watches ‘Flying Saucer’」などの文字が見える。

    いずれも、空飛ぶ円盤やUFOが当時の新聞で広く扱われていたことを示している。

    特に興味深いのは、UFOが単なる娯楽記事ではなく、レーダー、警察、民間防衛、若者の目撃談、地域社会の話題として報じられている点だ。

    空飛ぶ円盤は、当時のアメリカ社会において、笑い話でもあり、不安でもあり、科学的好奇心でもあり、時に安全保障の問題でもあった。

    新聞切り抜きの集合は、その混ざり合った空気をよく伝えている。

    「空飛ぶ円盤は実在する!」という広告

    PDFの後半には、「FLYING SAUCERS ARE REAL!」と大きく書かれた広告のような画像も収録されている。

    そこには、AFSCA WORLD REPORTの購読案内らしき文面があり、12号で3ドルと読める。

    発行元として、Gabriel Greenの名前と、ロサンゼルスの住所も記載されている。

    この一枚は、当時のUFO文化を象徴している。

    空飛ぶ円盤は、目撃談であり、信念であり、商品でもあった。

    人々はレポートを買い、会報を読み、大会に参加し、写真を見て、新聞記事を集めていた。

    FBIのファイルに残されたのは、まさにその文化の断片である。

    FBI内部メモが示す距離感

    PDFの終盤には、1966年10月3日付のFBI内部メモがある。

    宛先はFBI長官。差出はロサンゼルスのSAC(※特別捜査官責任者)宛ての系統に見える。

    件名には、Flying Saucers International、Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.などの名称が並ぶ。

    メモの内容からは、FBIがこの団体について積極的な捜査を行っているというより、問い合わせや資料送付に応じて、記録確認をしている様子がうかがえる。

    また、FBI長官名義の別の返信書簡では、未確認飛行物体や空飛ぶ円盤の目撃に関する事柄はFBIの管轄ではなく、空軍の管轄であるという趣旨も示されている。

    つまり、FBIはUFO現象そのものを追っていたというより、関係する市民団体、資料、問い合わせ、そして必要に応じた他機関への照会を記録していた。

    この距離感が、資料全体から見えてくる。

    このファイルが面白い理由

    この資料は、UFOの正体を明かすものではない。

    墜落した機体の秘密資料でもなければ、宇宙人の存在を証明する文書でもない。

    しかし、別の意味で非常に面白い。

    それは、1960年代のアメリカ社会で「空飛ぶ円盤」がどのように扱われていたのかを、そのまま保存しているからだ。

    市民はFBIに手紙を書く。

    FBI長官は返信する。

    UFO団体は大会を開く。

    会報は売られる。

    新聞は目撃談を大きく扱う。

    そしてFBIは、それらを事件ファイルの中に保管する。

    UFOとは、空に現れる謎だけではない。

    それを見た人、信じた人、疑った人、商売にした人、調査しようとした人、警戒した人、記録した人たちが作る社会現象でもある。

    このファイルは、そのことをよく示している。

    “空飛ぶ円盤”は、政府記録の中で文化になった

    1947年以降、アメリカでは空飛ぶ円盤の目撃談が急増した。

    そして1960年代には、それは単なる噂ではなく、新聞、雑誌、市民団体、大会、政府機関への問い合わせを巻き込む大きな文化になっていた。

    今回のSection 10には、その文化の一部が詰め込まれている。

    手紙、返信、会報、広告、新聞切り抜き、内部メモ。

    ひとつひとつは小さな紙片である。

    だが、それらを並べると、当時のアメリカ社会が「空飛ぶ円盤」をどう受け止めていたのかが見えてくる。

    真実を求める人。

    不安を感じる人。

    商機を見出す人。

    公的機関に判断を求める人。

    そして、管轄外だとしながらも記録を残すFBI。

    この資料は、UFOの正体ではなく、UFOをめぐる人間社会の正体を映している。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    FBIの62-HQ-83894事件ファイルには、1947年6月から1968年7月の間に記録された未確認飛行物体および飛行円盤に関する捜査記録、目撃証言、および公開報告書が含まれている。

    記録には、注目を集めた事件の報告、テネシー州オークリッジなどの場所からの写真証拠、および潜在的な推進システムに関する技術提案が含まれている。

    その他のトピックには、会議プログラム、研究者の報告、および当時の広範なメディア報道が含まれる。

    このファイルは、FBI保管庫に一部公開されているが、より多くの黒塗りがあり、一部のページが欠落している。

    ここに掲載されているのは、新たに機密解除された数ページと、わずかな黒塗りのみを含む完全な事件ファイルである。

    アセットファイル名:65_HS1-834228961_62-HQ-83894_Section_10

    公開日:2026年5月8日

    機関:FBI

    事件発生日:該当なし

    事件発生場所:該当なし

    文書の種類:PDF

    PDF内容の翻訳・要約

    注:このPDFは画像スキャン資料であり、ページ内テキストの多くは自動抽出できない。以下は、画像上で判読できる主要部分をもとにした翻訳・要約である。

    ページ1:FBI事件ファイル表紙

    FBI中央記録センターのファイル表紙。

    ファイル番号として「62-HQ-83894」、セクション番号として「Section 10」が確認できる。

    表紙には「Use care in handling this file」、つまり「このファイルの取り扱いに注意」といった管理上の注意書きが見える。

    ページ2:J・エドガー・フーヴァーからの返信書簡

    日付:1966年9月6日

    宛先:Mrs. Levi J. Dow, Goffstown, New Hampshire

    差出人:J. Edgar Hoover, Director

    あなたの1966年8月31日付の手紙と同封物を受け取りました。

    お問い合わせについて、この局は連邦政府の厳密な捜査機関であり、未確認飛行物体に関する評価や結論を出すことはしていません。

    連邦法違反が明確に示されない限り、この件について調査を行う権限はありません。

    ただし、あなたの通信は記録として残されます。

    注記:FBIのファイルには、Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)に関する記録はない、という趣旨の記載がある。

    ページ4:Mrs. Florence C. Dowの手紙

    日付:1966年8月31日

    宛先:J. E. Hoover, FBI Director

    私はNICAP(※全米空中現象調査委員会)の会員であり、UFO、つまり空飛ぶ円盤にとても関心があります。

    数週間前、同僚が空飛ぶ円盤の切手に関する手紙を受け取りました。

    私はUFOに関心があったので、その切手を求め、3ドルを支払って12号分のAFSCAレポートを申し込みました。

    最初の号を受け取って読んだところ、私が期待していた内容とは違うように感じました。

    私はこの件についてどうすべきか分かりませんが、自分の限られた理解では、共産主義的な思想に支えられているように思えます。

    私は自分を真のアメリカ人だと考えており、祖先はアメリカ独立戦争以前にまでさかのぼります。

    私は共産党と関わるような組織には関わりたくありません。

    もしこの件を調査する方法があるなら、教えていただきたいです。

    ページ8〜15:AFSCA大会資料、会報、新聞切り抜き

    AFSCA(※全米合同空飛ぶ円盤クラブ)の第3回全国空飛ぶ円盤大会資料が収録されている。

    大会名は「3rd National Flying Saucer Convention」。開催地はネバダ州リノ。日程は1966年7月8日、9日、10日。

    会報「Flying Saucers International」1966年7月号も収録されている。

    表紙には「Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.」と記載され、価格は50セント。

    新聞切り抜きには、レーダーで追跡されたUFO、広い地域で目撃されたUFO、若者たちが追跡した光るUFO、空飛ぶ円盤関連の世論調査や地域報道などが含まれている。

    これらの資料は、1960年代当時、空飛ぶ円盤が新聞、会報、大会、広告を通じて広く流通していたことを示している。

    ページ16:広告資料

    「FLYING SAUCERS ARE REAL!」つまり「空飛ぶ円盤は実在する!」と大きく書かれた広告資料。

    AFSCA WORLD REPORTの購読案内と思われる内容で、「12 issues $3.00」と読める。

    発行元はAmalgamated Flying Saucer Clubs of Americaで、Gabriel Greenの名前が確認できる。

    ページ18:FBI内部メモ

    日付:1966年10月3日

    宛先:FBI長官

    件名:Flying Saucers International、Amalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.、その他関連事項

    このメモでは、フィラデルフィア支局から送られた書簡により、Flying Saucers Internationalという出版物、およびAmalgamated Flying Saucer Clubs of America, Inc.に関する照会が共有されている。

    記録上、ロサンゼルス支局のファイルには、当該団体についての調査が行われた情報はない、という趣旨の記載がある。

    また、FBI本部へ情報提供された旨が記されている。

    ページ20:Paul L. Wrightへの返信書簡

    日付:1966年10月17日

    宛先:Mr. Paul L. Wright, Atlanta, Georgia

    差出人:J. Edgar Hoover

    あなたの10月9日付の手紙を受け取りました。

    未確認飛行物体、または空飛ぶ円盤の目撃に関する事柄については、FBIの管轄にはありません。

    あなたの通信は他の政府機関にも関心のある内容であるため、空軍長官室の特別捜査担当総監に写しを送ります。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「65_hs1-834228961_62-hq-83894_section_10.pdf」

  • 米国務省が記録したメキシコ議会の“宇宙人公聴会”──UAP法制化と「非人類の遺体」をめぐる騒動

    米国務省が記録したメキシコ議会の“宇宙人公聴会”──UAP法制化と「非人類の遺体」をめぐる騒動

    事件発生日:2023年9月12日

    公電日付:2023年9月16日

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:メキシコ

    公開元:国務省

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:国務省UAP通信5号、メキシコ、2003年9月16日

    出典:U.S. Department of War「State Department UAP Cable 5, Mexico, September 16, 2003」 / 059uap00013.pdf

    この資料の全文翻訳へ移動する


    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、国務省のUAP関連公電を公開した。

    今回の資料は、「State Department UAP Cable 5, Mexico, September 16, 2003」として掲載されている。ただし、PDF本文の公電日付は2023年9月16日であり、内容も2023年9月11日から15日までのメキシコ政治情勢をまとめた「Mexico: Weekly Political Blotter」である。

    その中に、かなり異様な項目が含まれている。

    項目名は「Mexican Congress Hears Testimony on Alien Life」、つまり「メキシコ議会、宇宙人生命に関する証言を聴取」である。

    2023年9月12日、メキシコ議会はUAP(※未確認航空現象)に関する専門家証言を聞いた。議題は、航空宇宙保護法にUAPをどう位置づけるかというものだった。

    そしてこの公聴会では、UAPの認知や空域安全保障だけでなく、いわゆる「非人類の遺体」とされるものまで提示された。

    国務省公電に記録された“宇宙人公聴会”

    このPDFは、在メキシコ米国大使館からワシントンの国務省へ送られた非機密の公電である。

    件名は「Mexico: Weekly Political Blotter, Sep 11-15」。つまり、メキシコ国内の政治動向を週次でまとめた報告書だ。

    文書全体には、メキシコの大統領選に向けた与党MORENA内部の動き、メキシコ市の治安当局人事、ゲレロ州での検察官襲撃、グアダラハラ市長の州知事選出馬など、通常の政治・治安情報が並んでいる。

    その最後に登場するのが、UAPに関するメキシコ議会の公聴会である。

    政治ブロッターの中に、突然「宇宙人生命に関する証言」が入ってくる。この異物感が、まず面白い。

    航空宇宙保護法とUAP

    公電によれば、メキシコ議会は2023年9月12日、UAP(※未確認航空現象)について専門家から証言を聞いた。

    この公聴会は、航空宇宙保護法におけるUAP関連文言を議論するためのものだった。

    公電では、もしこの法案が承認されれば、メキシコは地球上に宇宙人生命が存在することを公式に認める最初の国になる、と記されている。

    かなり強い表現である。

    通常、UAPの議論は「未確認の飛行現象を調査する」「空域の安全を確保する」という言い方に留まることが多い。

    しかし、この公電では、メキシコ議会での議論が「alien life」、つまり宇宙人生命の存在認知にまで踏み込む可能性があるものとして記録されている。

    専門家たちは何を求めたのか

    公電によると、専門家たちはメキシコの議員たちに対し、3つのことを求めた。

    第一に、UAP(※未確認航空現象)を認めること。

    第二に、空域の安全を保証すること。

    第三に、UAPの研究を可能にすること。

    ここだけを読むと、比較的まともな政策提言にも見える。

    未知の飛行物体があるなら、空域の安全保障上、把握と研究が必要になる。航空機の安全、軍事施設の防衛、民間航空への影響を考えれば、UAPを無視すること自体がリスクになる。

    だが、この公聴会はそれだけでは終わらなかった。

    提示された“非人類の遺体”

    公電には、専門家たちがメキシコ議会に2体の「alleged alien corpses」、つまり「宇宙人の遺体とされるもの」を提示したと記されている。

    さらに、メキシコ人パイロットが飛行中に高速で移動する飛行物体と遭遇した映像も提示されたという。

    PDFの6ページには、そのうちのひとつとして、メキシコ人ジャーナリストのJaime Maussanが議会に提示した「非人類の存在の遺体とされるもの」の写真が掲載されている。

    写真には、小さな人型のミイラ状のものが横たわっている。

    これだけを見ると、非常にインパクトがある。

    だが、ここで重要なのは、公電がそれを事実として認めているわけではないという点だ。

    文書上の表現は、あくまで「alleged」、つまり「そう主張されている」「〜とされる」という扱いである。

    Ryan Gravesは失望を表明した

    公聴会には、メキシコ人ジャーナリストのJaime Maussanのほか、元米海軍パイロットのRyan Gravesも参加していた。

    Ryan Gravesは、以前に米国議会でもUAPについて証言した人物である。

    しかし公電によると、公聴会後、Gravesはこの「遺体」の展示について失望を表明した。

    彼は、その展示が、自分や他のパイロットたちのUAP体験から注意をそらしてしまったと嘆いた。

    さらに、Maussanによるこの展示を「根拠のない見世物」と表現して失望を示したと、公電には記録されている。

    ここはかなり重要だ。

    UAP問題を真剣に扱おうとする側にとって、未検証の「宇宙人遺体」展示は、むしろ議論全体の信頼性を下げる危険がある。

    この公電は、その内部的な緊張も記録している。

    過去の“宇宙人遺体”も科学者に否定されていた

    公電はさらに、Maussanが過去に宇宙人生命の証拠として提示した「宇宙人の遺体とされるもの」について、科学者たちが信憑性を否定してきたとも記している。

    つまり、米国務省の公電は、この件を無批判に扱っているわけではない。

    むしろ、メキシコ議会でUAPや空域安全保障が議論されたこと自体は記録しつつ、同時に「宇宙人遺体」については慎重な距離を取っている。

    ここが、この文書の読みどころだ。

    UAP問題は、空域安全保障やパイロット証言のような現実的な問題と、真偽不明の派手な主張が、同じ舞台に乗ってしまう。

    だからこそ、真面目に扱うほど、何を根拠ある証言として扱い、何を未検証の主張として分けるのかが重要になる。

    これは“UAPの公的議論”と“宇宙人ショー”が衝突した記録である

    この公電は、UAPそのものを証明する資料ではない。

    また、提示された「非人類の遺体」が本物であると認定するものでもない。

    しかし、非常に興味深い記録であることは間違いない。

    なぜなら、メキシコ議会という公的な場で、UAPの認知、空域安全保障、研究許可が議論され、同時に「宇宙人の遺体」とされるものまで提示されたからだ。

    しかも、それを在メキシコ米国大使館が国務省へ報告し、後にPURSUE Release 01の一部として公開した。

    UAP問題は、単なるオカルトではない。

    一方で、未検証の主張が入り込むことで、すぐに見世物にもなってしまう。

    この資料は、その両方を同時に示している。

    UAPを空域安全保障の問題として扱おうとする人々。

    そこに持ち込まれる「非人類の遺体」とされるもの。

    そして、それに失望する元軍パイロット。

    この公電は、UAPをめぐる現代的な混乱そのものを、短い政治報告の中に閉じ込めている。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    2002年9月12日、メキシコ議会は、航空宇宙保護法に関する議論に関連して、UAP(※未確認航空現象)に関する専門家の証言を聞いた。

    この法律が承認されれば、メキシコは地球上に地球外生命体が存在することを正式に認める最初の国となる。

    専門家は議員に対し、UAPを認め、空域の安全を保証し、UAPの研究を許可するよう求めた。

    彼らは、地球外生命体の遺体とされるものや、メキシコ人パイロットが飛行中に高速で移動する飛行物体に遭遇した際の映像を提示した。

    地球外生命体の遺体とされるものの有効性と信憑性については意見が分かれた。

    アセットファイル名:国務省UAP通信5号、メキシコ、2003年9月16日

    公開日:2026年5月8日

    機関:国務省

    事件発生日:2003年9月12日

    事件発生場所:メキシコ

    文書の種類:PDF

    国務省公電の基本情報

    分類:非機密

    MRN:23 MEXICO 2544

    日付:2023年9月16日 / 160150Z SEP 23

    発信元:在メキシコ米国大使館

    宛先:ワシントンD.C.、国務省、通常扱い

    件名:メキシコ:週間政治ブロッター、9月11日〜15日

    この在メキシコ米国使節団の政治ブロッターでは、以下の項目を取り上げる。

    • EbrardがMORENAの選出結果に異議を唱え、離党を示唆
    • INEが2024年選挙を前に委員会メンバーを任命
    • メキシコ市治安長官が辞任し、メキシコ市政府首長選への出馬の可能性
    • Pablo Vazquezがメキシコ市の新治安長官に就任
    • 元MORENA上院指導者Ricardo Monrealはメキシコ市政府首長選に出馬せず
    • ゲレロ州で犯罪者が検察官を標的にして殺害
    • グアダラハラ市長が州知事選キャンペーンを開始
    • メキシコ議会が宇宙人生命に関する証言を聴取

    メキシコ議会、宇宙人生命に関する証言を聴取

    メキシコ議会は9月12日、UAP(※未確認航空現象)に関する証言を聞いた。証言者には、メキシコ人ジャーナリストのJaime Maussanや、以前に米国議会で証言した元米海軍パイロットのRyan Gravesが含まれていた。

    この公聴会は、航空宇宙保護法におけるUAPに関する文言を議論するためのものだった。この法律が承認されれば、メキシコは地球上に宇宙人生命が存在することを公式に認める最初の国となる。

    専門家たちは議員に対し、UAP(※未確認航空現象)を認め、空域の安全を保証し、UAPの研究を可能にするよう求めた。

    専門家たちはまた、宇宙人の遺体とされるもの2体と、メキシコ人パイロットが飛行中に高速で移動する飛行物体と遭遇した映像を議会に提示した。

    公聴会後、Gravesは、その展示が自分や他のパイロットたちのUAP体験から注意をそらしてしまったと嘆き、Maussanの「根拠のない見世物」に失望を表明した。

    科学者たちは、Maussanが宇宙人生命の証拠として過去に提示した宇宙人の遺体とされるものについて、信憑性を否定してきた。

    図1:メキシコ人ジャーナリストのJaime Maussanは、非人類の存在の遺体とされるものを議会に提示した。写真提供:Reuters。

    署名・作成・配布情報

    署名:SALAZAR

    作成者:MEXICO: Moreno, Sergio A

    確認者:POL: Cortazar, Eduardo / POL: Karimi, Amanda / EXEC: Tejeda, Maria de los Angeles / POL: Naranjo, Brian / ECON: Conlon, Steven / PD: Harder, J / INL/PROG: Okwuje, Ifeoma / CONS/AG: Bernsteen, Gregory

    承認者:EXEC: Johnson, Mark

    情報共有先:国家安全保障会議、ホワイトハウス、副大統領府、DNI(※国家情報長官室)、CIA、DIA(※国防情報局)、USNORTHCOM(※米北方軍)、国土安全保障省、司法省、USSOUTHCOM(※米南方軍)、西半球担当外交公館、メキシコ国内の全米国領事館など。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「059uap00013.pdf」

  • FBIが記録した2023年9月のUAP目撃証言──テストサイトへ向かう車列が見た“地平線上の白い光”

    FBIが記録した2023年9月のUAP目撃証言──テストサイトへ向かう車列が見た“地平線上の白い光”

    事件発生日:2023年9月

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:アメリカ合衆国

    公開元:FBI

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:FBIによる2023年9月の目撃情報 – シリアル番号3

    出典:U.S. Department of War「FBI September 2023 Sighting – Serial 3」 / FBI September 2023 UAP PDF

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、FBIによる2023年9月のUAP目撃証言記録を公開した。

    今回の資料は、「FBI September 2023 Sighting – Serial 3」、日本語でいえば「FBIによる2023年9月の目撃情報 – シリアル番号3」とされるPDFである。

    これは、米国実験場でUAP(※未確認航空現象)に遭遇したという米国市民の証言について、FBIがFD-302形式で聞き取りを行った記録だ。

    FD-302とは、FBIが聞き取り内容を記録する際に用いる報告書形式である。つまり、これは単なる噂話ではなく、FBIの聞き取り記録として残された証言である。

    目撃の舞台は、2023年9月のアメリカ合衆国。資料では、目撃者たちがLiDAR(※レーザー光を使って距離や形状を測定する技術)試験のため、テストサイトへ向かっていたと記録されている。

    その途中、車列の中から、地平線上に白く明るい光が見えた。

    その光は空中で静止した後、右へ動き、そして消えたという。

    午前9時、LiDAR試験へ向かう車列

    資料によれば、目撃は2023年9月の午前9時ごろに発生した。

    目撃者は、他の関係者たちとともに、LiDAR試験のためテストサイトへ向かっていた。

    一行は複数の車両に分かれて移動していた。資料には、F-150、GMC AT4、スプリンターバンといった車両名が記録されている。

    目撃者は東へ向かって運転していた。

    つまり、夜間に遠くの光を見たという話ではない。

    午前9時ごろ、テストサイトへ向かう途中、複数人が乗った車列の中で起きた目撃である。

    地平線上に現れた白い光

    車両がいくつかのゲートを通過したあと、目撃者は地平線上に明るい光を見た。

    資料では、その光は「bright light over the horizon」、つまり地平線の向こう、あるいは地平線上にある明るい光として記録されている。

    光は空中で静止していた。

    その後、右へ動き始め、そして消えた。

    目撃者はその光を、車両のフロントガラス右上越しに見ることができたと述べている。

    光は明るい白色で、消えるまで約10秒間見えていた。

    短い時間ではある。

    しかし、一瞬の閃光ではなく、静止し、移動し、消えるまでの変化を目撃者が追っていた点は興味深い。

    光の大きさは変わらなかった

    資料によれば、光は目撃されていた間、同じ大きさを保っていた。

    これは重要な点だ。

    たとえば、通常の航空機や遠ざかる光であれば、距離や角度によって大きさや見え方が変化することがある。

    もちろん、この証言だけで何かを断定することはできない。

    しかし、目撃者は、光が現れてから消えるまで、同じ大きさだったと述べている。

    また、車両への干渉は確認されていない。

    エンジンが止まった、通信機器が乱れた、電子機器に異常が起きた、といった記録はこの資料にはない。

    10マイルから20マイル先に見えた光

    目撃者は、その光が10マイルから20マイルほど離れていると考えた。

    10マイルは約16キロメートル、20マイルは約32キロメートルである。

    かなり遠方に見えたということだ。

    ただし、光の正確な距離や高度は資料からは分からない。

    この点は、前回の「シリアル番号5」の証言と比べると、やや情報量が少ない。

    前回の資料では、物体の高度や大きさ、翼や排気の有無などが記録されていた。

    一方、今回の資料では、主に「地平線上の明るい白い光」として記録されている。

    つまり、物体の形状よりも、光の動きが中心の証言である。

    同乗者は見られなかったが、別の人物は後で目撃した

    目撃者は、その光を同乗者に伝えた。

    しかし、同乗者は誤った方向を見てしまったため、光を見ることはできなかった。

    また、その同乗者は背が高く、座席を後ろに倒していたため、光を見るには良い位置にいなかったとも記録されている。

    そのため、車内の全員が同じ瞬間に同じ光を見たわけではない。

    ただし、資料では、最初のテストサイトに到着するまで、別の人物はその光に無関心だったが、到着後には2名がそれを見たと述べた、と記録されている。

    この部分は少し読み取りに注意が必要だ。

    少なくとも資料上では、最初に目撃した人物以外にも、後にその光を見たと述べた人物がいたことになる。

    隕石だったのか

    2ページ目には、目撃者の推測も記録されている。

    目撃者は、その光について、隕石がこちらへまっすぐ向かってきて、大気中で燃え尽きたものだったのかもしれないと考えた。

    これは重要な記述だ。

    なぜなら、この証言は最初から「異星人の乗り物だ」と主張するものではないからだ。

    目撃者自身も、自然現象の可能性を考えている。

    ただし、隕石として見るには気になる点もある。

    資料では、光は空中で静止した後、右へ動き、そして消えたと記録されている。

    一般的な流星であれば、通常は一直線に流れるように見えることが多い。もちろん、観測方向や距離によって、こちらへ向かってくるように見える場合もある。

    目撃者が「こちらへまっすぐ向かってくる隕石だったのかもしれない」と考えたのは、おそらくその点を意識したものだろう。

    だが、資料上では最終的な説明は示されていない。

    黒塗りが多いが、UAPの性質に関する情報は残されている

    今回のPDFは、かなり黒塗りが多い。

    目撃者の氏名、所属、具体的な施設名、場所の詳細などは伏せられている。

    これは、出典元ページでも説明されている通り、目撃者の身元、政府施設の所在地、UAPとは無関係な軍事施設に関する機密情報を保護するための処理である。

    一方で、UAP(※未確認航空現象)または関連現象として報告された遭遇事例の性質や存在に関する情報については、黒塗りされていないと説明されている。

    そのため、誰がどこで見たのかの詳細は分からない。

    だが、何を見たのかについては、かなり読める形で残されている。

    この記録は何を示しているのか

    今回の資料は、派手な内容ではない。

    巨大な機体の形状が詳細に記録されているわけでもない。

    レーダーや映像が添付されているわけでもない。

    しかし、FBIの聞き取り記録として、2023年9月の朝、LiDAR試験へ向かう車列の中で見られた白い光が残されている。

    光は地平線上にあり、空中で静止し、右へ動き、約10秒後に消えた。

    目撃者は、それを10マイルから20マイル先にあるものと考えた。

    同乗者は見逃したが、別の人物たちは後にそれを見たと述べている。

    そして目撃者自身は、隕石の可能性も考えていた。

    ここには、決定的な答えはない。

    ただ、ひとつの朝、テストサイトへ向かう途中の車列が、説明のつかない白い光を見たという記録がある。

    それが隕石だったのか、航空機だったのか、試験場に関連する何かだったのか、それとも別の現象だったのか。

    資料はそこまで語らない。

    だが、FBIが聞き取り、政府公開資料として残された以上、この小さな光の証言もまた、UAP問題を構成するひとつの断片である。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    これは、米国実験場でUAP(※未確認航空現象)に遭遇したという米国市民の証言について、FBIがFD-302形式で行った聞き取り調査である。

    USPER(※米国人職員・米国人関係者を示す匿名表記)は、「地平線の向こうに明るい光があった」と述べている。

    目撃者の身元、政府施設の所在地、またはUAPとは無関係な軍事施設に関する機密情報を保護するため、一部が黒塗りされている。

    トランプ大統領の指示に基づき公開されたファイルのうち、UAPまたは関連現象として報告された遭遇事例の性質や存在に関する情報については、一切黒塗りは行われていない。

    アセットファイル名:FBIによる2023年9月の目撃情報 – シリアル番号3

    公開日:2026年5月8日

    機関:FBI

    事件発生日:2023年9月

    事件発生場所:アメリカ合衆国

    文書の種類:PDF

    FBI FD-302 聞き取り記録

    記録作成日:2023年10月【黒塗り】日

    2023年9月【黒塗り】日、【黒塗り】およびFBI特別捜査官【黒塗り】は、FaceTimeビデオを通じて【黒塗り】に聞き取りを行った。

    聞き取りの時点で、【黒塗り】は【黒塗り】にいた。

    聞き取りを行う捜査官の身元と、聞き取りの性質について説明を受けた後、【黒塗り】は以下の情報を提供した。

    【黒塗り】は、【黒塗り】に関する情報を提供した。

    2023年9月【黒塗り】日、午前9時ごろ、【黒塗り】は、【黒塗り】において、LiDAR(※レーザー光を使って距離や形状を測定する技術)試験のためのデータを取得するため、テストサイトへ東に向かって運転していた。

    【黒塗り】および【黒塗り】はF-150を運転していた。

    【黒塗り】は彼らの後ろで、【黒塗り】を同乗者としてGMC AT4を運転していた。

    【黒塗り】はその後ろで、スプリンターバンを運転していた。

    車両は複数のゲートを通過した。

    その後、【黒塗り】は地平線上に明るい光を見た。

    その光は空中で静止していた後、右へ動き始め、そして消えた。

    【黒塗り】は、その光を車両のフロントガラス右上越しに見ることができた。

    光は明るい白色で、消えるまで10秒間見えていた。

    光は、その出来事の間、同じ大きさを保っていた。

    【黒塗り】は、その光が10マイルから20マイル離れていると考えた。

    【黒塗り】は、自分の車両への干渉には気づかなかった。

    【黒塗り】は、その光を【黒塗り】に指摘したが、【黒塗り】は違う方向を見てしまった。

    【黒塗り】は背が高く、座席を後ろに倒していたため、その光を見るには良い位置にいなかった。

    【黒塗り】は、最初のテストサイトに到着し、【黒塗り】と【黒塗り】が自分たちもそれを見たと言うまで、その光に無関心だった。

    【黒塗り】は、その光が、こちらへまっすぐ向かってきて大気中で燃え尽きる隕石だったのかもしれないと考えた。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「serial 5 redacted_redacted.pdf」

  • FBIが記録した2023年9月のUAP目撃証言──米国実験場の上空に現れた“翼のない灰色の物体”

    FBIが記録した2023年9月のUAP目撃証言──米国実験場の上空に現れた“翼のない灰色の物体”

    事件発生日:2023年9月1日

    公開日:2026年5月8日

    発生場所:アメリカ合衆国

    公開元:FBI

    文書の種類:PDF

    アセットファイル名:FBIによる2023年9月の目撃情報 – シリアル番号5

    出典:U.S. Department of War「FBI September 2023 Sighting – Serial 5」 / FBI September 2023 UAP PDF

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    2026年5月8日、米国の戦争省は「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01の一部として、FBIによる2023年9月のUAP目撃証言記録を公開した。

    今回の資料は、「FBIによる2023年9月の目撃情報 – シリアル番号5」とされるPDFである。

    これは、米国実験場でUAP(※未確認航空現象)に遭遇したという米国市民の証言について、FBIがFD-302形式で聞き取りを行った記録だ。

    FD-302とは、FBIが聞き取り内容を記録する際に用いる報告書形式である。つまり、これは単なる噂話ではなく、FBIの聞き取り記録として残された証言である。

    出典元の説明によれば、USPER(※米国人職員・米国人関係者を示す匿名表記)は「地平線の向こうに明るい光があった」と述べている。

    また、目撃者の身元、政府施設の所在地、UAPとは無関係な軍事施設に関する機密情報を保護するため、一部は黒塗りされている。

    ただし出典元では、UAPまたは関連現象として報告された遭遇事例の性質や存在に関する情報については、黒塗りは行われていないと説明されている。

    LiDAR試験へ向かう朝に起きた目撃

    資料によれば、目撃は2023年9月に発生した。

    目撃者は、他の契約関係者らとともに、LiDAR(※レーザー光を使って距離や形状を測定する技術)の試験のため、ある米国実験場にいた。

    一行は複数の車両に分かれて移動していた。時刻は午前7時30分ごろ。車両は南へ向かって走っていた。

    太陽は東にあり、視界は良好だったと記録されている。

    つまり、真夜中の暗闇で一瞬だけ何かを見たという話ではない。

    朝の明るい時間帯、視界が良い状況で、移動中の車両から目撃された事例である。

    ゲート付近で見えた“白く強い光”

    3台の車両は、あるゲートに差しかかった。

    そのゲートでは何らかのトラブルが起きていたと記録されているが、詳細は黒塗りされている。

    そのとき、目撃者はフロントガラスの上方、約4分の3ほどの高さに、線状の物体を見た。

    物体の東側には、非常に明るい光があった。

    その光は白色で、しかも光の内部に帯のようなものが見えるほど明るかったとされている。

    これは、単なるぼんやりした光ではない。

    目撃者は、物体そのものを「金属的、または灰色」と表現している。

    翼も排気もない、しかしドローンより大きい

    この物体について、資料にはいくつか重要な特徴が記録されている。

    まず、翼はなかった。

    排気もなかった。

    色は金属的、または灰色。

    大きさはボーイング737よりは小さいが、ブラックホーク・ヘリコプター1機から2機分ほどの長さがあり、ドローンよりは明らかに大きかったとされている。

    ここがかなり興味深い。

    目撃者はドローン操縦の経験を持っていた人物であり、資料では10時間から15時間のドローン操縦経験があったとされている。

    その人物が、これはドローンより明らかに大きいと述べている。

    もちろん、それだけで正体不明と断定できるわけではない。しかし、少なくとも「小型ドローンを見間違えた」と簡単に片付けるには、少し引っかかる証言である。

    高度約5000フィートを、東から西へ水平移動

    資料によれば、物体は地上から約5000フィート、つまり約1500メートル上空にあったとされている。

    動きは、東から西へ。

    地面と平行に移動していた。

    目撃時間は5秒から10秒ほど。

    その後、光が消え、物体も消えた。

    空は晴れていたが、目撃者はその物体を再び見つけることができなかった。

    ここで重要なのは、物体が遠ざかって見えなくなった、雲に入った、山陰に隠れた、という記録ではないことだ。

    資料上では、光が消え、物体が消えたとされている。

    物体の大きさも光の強さも変わらなかった

    聞き取りの続きでは、目撃者は、観察していたあいだ物体の大きさは同じままで、光の強さも変わらなかったと述べている。

    これは、距離が大きく変化していたようには見えなかった、という意味にも読める。

    また、目撃者は、ゲート手前の小さな橋を越えているときには物体に気づかなかったが、ゲートを通過するときに見たと説明している。

    車両への干渉は確認されていない。

    つまり、エンジンが止まった、無線が乱れた、電子機器に異常が起きた、といった記録はこの資料にはない。

    空域はドローン試験のため制限されていた

    別の証言者は、最初にこの物体を見たとき、腹立たしく感じたと述べている。

    理由は、その空域が、これから行うドローン試験のために制限されていたからだ。

    つまり、その場にいた関係者にとって、空に何かがいること自体が予期せぬことだった。

    しかも、彼らはドローン試験のために現地にいた。

    空域の管理や飛行物体に対して、まったく無関心な一般人ではない。

    その点でも、この証言は興味深い。

    目撃後も残った心理的な影響

    この資料の最後には、目撃者の心理的な反応も記録されている。

    その夜、嵐が通過し、ホテルの部屋のテレビが映らなくなった。

    目撃者はまだ動揺しており、ホテル全体のテレビが映らないのか、自分の部屋だけなのかを確認するため、階下へ降りたという。

    さらに、奇妙な夢を見て、目撃後の最初の2晩は眠るのに苦労したと記録されている。

    この部分は、物体の正体そのものを示す証拠ではない。

    しかし、目撃者にとって、その出来事がかなり強い印象を残したことは分かる。

    単に「変な光を見た」で済む話ではなかったのだろう。

    この記録は何を示しているのか

    今回の資料は、決定的な映像やセンサー情報を示しているわけではない。

    黒塗りも多く、場所や関係者の詳細は分からない。

    それでも、証言の中にはいくつか注目すべき点がある。

    朝の視界が良い時間帯に目撃されていること。

    目撃者がドローン操縦経験を持っていたこと。

    物体が翼や排気を持たないと説明されていること。

    ドローンより明らかに大きく、ブラックホーク・ヘリコプター1機から2機分ほどの長さと見積もられていること。

    高度約5000フィートを、地面と平行に東から西へ移動したこと。

    そして、光が消えると同時に、物体も見えなくなったこと。

    もちろん、これだけで異星人の乗り物だと考える必要はない。

    だが、少なくともFBIが聞き取り記録として残し、2026年5月8日に政府公開資料の一部として出された事例である。

    米国実験場の上空で、2023年9月の朝、何が飛んでいたのか。

    この資料は、その答えではなく、ひとつの未解決の証言を私たちの前に置いている。


    全文翻訳

    出典元ページの説明

    これは、米国実験場でUAP(※未確認航空現象)に遭遇したという米国市民の証言について、FBIがFD-302形式で行った聞き取り調査である。

    USPER(※米国人職員・米国人関係者を示す匿名表記)は、「地平線の向こうに明るい光があった」と述べている。

    目撃者の身元、政府施設の所在地、またはUAPとは無関係な軍事施設に関する機密情報を保護するため、一部が黒塗りされている。

    トランプ大統領の指示に基づき公開されたファイルのうち、UAPまたは関連現象として報告された遭遇事例の性質や存在に関する情報については、一切黒塗りは行われていない。

    アセットファイル名:FBIによる2023年9月の目撃情報 – シリアル番号5

    公開日:2026年5月8日

    機関:FBI

    事件発生日:2023年9月1日

    事件発生場所:アメリカ合衆国

    文書の種類:PDF

    FBI FD-302 聞き取り記録

    記録作成日:2023年10月【黒塗り】日

    2023年9月【黒塗り】日、【黒塗り】およびFBI特別捜査官【黒塗り】は、FaceTimeビデオを通じて【黒塗り】に聞き取りを行った。

    【黒塗り】、【黒塗り】、および【黒塗り】が聞き取りに同席した。

    聞き取りの時点で、【黒塗り】と【黒塗り】は【黒塗り】にいた。

    聞き取りを行う捜査官の身元と、聞き取りの性質について説明を受けた後、【黒塗り】は以下の情報を提供した。

    【黒塗り】は、【黒塗り】の【黒塗り】における【黒塗り】だった。

    彼は【黒塗り】以来、【黒塗り】であり、ドローン操縦者として10時間から15時間の経験があった。

    2023年9月【黒塗り】日、【黒塗り】は、【黒塗り】において、他の3人の契約関係者および【黒塗り】とともに、【黒塗り】を用いたLiDAR(※レーザー光を使って距離や形状を測定する技術)試験のためにいた。

    【黒塗り】を受け取った後、5人は3台の車両に分かれて乗り込んだ。

    【黒塗り】が最初の車両を運転し、【黒塗り】がその同乗者だった。

    3台の車両は、午前7時30分ごろ南へ向かって走り始めた。

    太陽は東にあり、視界は良好だった。

    3台の車両は、【黒塗り】に問題が発生していたゲートに到着した。

    フロントガラスの上方、約4分の3ほどの位置で、【黒塗り】は、物体の東側に非常に明るい光を伴う線状の物体を見た。

    その光は明るい白色で、光の内部に帯のようなものが見えるほど明るかった。

    物体は金属的、または灰色だった。

    翼や排気はなかった。

    物体はボーイング737より小さく、長さはブラックホーク・ヘリコプター1機から2機分ほどで、ドローンよりは明らかに大きかった。

    物体は地上約5000フィート上空にあり、地面と平行に東から西へ移動していた。

    物体は5秒から10秒間見えていた。その後、光が消え、物体は消失した。

    空は晴れており、【黒塗り】はその物体を再び見つけることができなかった。

    物体は、観察されていた間、大きさは同じままで、光の強さも同じままだった。

    彼は、ゲートにある小さな橋を越えているときにはその物体を見ておらず、ゲートを通過しているときに初めて見た。

    【黒塗り】は、車両への干渉には気づかなかった。

    【黒塗り】は、その物体を最初に見たとき、腹立たしく感じた。なぜなら、彼らが実施しようとしていたドローン試験のために、その空域は制限されていたからである。

    2台目の車両にいた【黒塗り】は、その物体を見ようとしたが、うまく見ることはできなかった。

    その夜、嵐が通過し、【黒塗り】のホテルの部屋のテレビが映らなくなった。

    彼はまだ動揺しており、テレビが映らないのがホテル全体なのか、自分の部屋だけなのかを確認するため、階下へ降りた。

    【黒塗り】は奇妙な夢を見て、その物体を見た後の最初の2晩は眠るのに苦労した。

    出典:U.S. Department of War「Presidential Unsealing and Reporting System for UAP Encounters(PURSUE)」Release 01、および「serial-4-redacted_redacted.pdf」